第24回「小説でもどうぞ」選外佳作 優しい人 高橋大成
第24回結果発表
課 題
偶然
※応募数266編
選外佳作
優しい人 高橋大成
優しい人 高橋大成
営業先を三件も回ると、季節外れの暑さに汗だくになってしまった。こんなに頑張ったのだから少しくらいいいだろうと、俺は近くのコンビニで冷たいコーラを買うと、コンビニの向かいにあるショッピングモールに入った。屋上が開放されていて見晴らしがよく、休憩にうってつけなのだ。屋上は隣のビルの陰になっていて涼しく、ベンチに座り喉を鳴らしてコーラを飲むとあまりの美味さに思わず声が出た。
回った三件の取引先のことを考えた。どれも契約確実だ。思わず笑みがこぼれる。
平日の昼間で屋上にあまり人はいない。離れたベンチでパソコンを叩いている女性がひとりと、手すりにもたれて下を見下ろしている男がひとりいたが、俺の視線はその男に釘付けになった。
あきらかに様子がおかしい。なにか明確な意図を持って、手すりに寄りかかっている。
俺は、同僚でいつも営業成績が最下位の浦野を思い出した。毎月の月例朝礼で、いつも上司に叱責されていた浦野の背中にそっくりだったのだ。
俺は立ち上がると驚かせないようにそっと男に近寄り、声をかけた。
「あの、すみません」
男はゆっくりとこちらに顔を向けた。俺より少し上の年齢で、顔が青く目に生気がない。
「はい……」
「ちょっと気になったんですけど、なにか……困りごとでも」
「いえ、別に」
「俺でよければ、話聞きますよ」
男はしばらく黙っていたが、ため息をつき話し始めた。
「保険の営業をしているんですが、上手くいかなくて毎日上司に怒鳴られるんです」
やっぱりそうか。この男も浦野と一緒だ。
「でも、ちゃんと理由があるんです。母と同居してるんですが、病気がちで、家事や母の世話をしてると夜遅くなってしまって、毎日四時間ほどしか寝れてないんです。そのせいで集中力もないし、日中だるくてしかたない。彼女がいたんですが、遊びに行けなくて、別れてしまいました。いいことが一つもないんです」
俺は以前、浦野から営業が上手く行かない言い訳めいたことを聞かされたことを思い出した。浦野は結婚していて子どももいて、家にいる時間のほとんどを家事と子育てに費やしていた。そのせいで疲れが抜けないんだという浦野に俺は腹が立ち「自己責任だろ」と言い捨てた。その時は間違っているとは微塵も思わなかったが、なぜかこの男を前にすると、同じことは言えなかった。
「貯金も全然ない。今日の昼は我慢するかどうか、悩んでたところです」
俺は沈黙してしまい、なんとなく屋上を見渡した。パソコンを叩いていた女性と目があった。俺は男を見た。
「よかったら、このビルのフードコートで食事しませんか。ごちそうしますよ」
俺は言っていた。
一週間ほどたち、俺はまたコーラ片手に屋上で休んでいた。あの男はそれ以来見ていない。フードコートで食事しながら、俺は男の話を聞き続けた。最後に男は元気になり、「見ず知らずの私に優しくしてくださって、どうもありがとうございました」と言って去っていった。
なぜ、たまたま会った男にあんなことをしたのか、自分でもよくわからない。ただあの場で、「自己責任だろ」と言い残して立ち去っていたら、しばらく嫌な気分のままで過ごすことになるだろうという予感があった。
「あのー」
俺ははっとした。ベンチに座っていた女性が俺を見ている。あのときパソコンを叩いていた人だと気づいた。
「間違っていたらすみません。この前、手すりの近くに立っていた男性に声かけてませんでした?」
「あ、ええ、そうですけど……」
「そうですよね。その時言えば良かったんですが……あれ、演技ですよ。男の話全部嘘ですから。ああやってお兄さんみたいな優しい人を狙って、食事を奢らせたりするんです。この辺じゃ有名なんですよ」
言われたことを理解するのに時間がかかった。
「……そうなんですか」
俺はやっとそれだけ言った。コーラを飲む。お兄さんみたいな優しい人、か。俺は見ず知らずの人間に食事を奢る優しい人なのだろうか。
「……たまたまだな」
俺はつぶやき、コーラを飲み干した。ふと浦野のことが思い浮かぶ。会社に戻ったら、営業のやり方についてアドバイスをしようと思った。
(了)