第6回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 一人の五つ子 齊藤想
第6回結果発表
課 題
家族
※応募数289編
ひとりの五つ子
齊藤想
齊藤想
「この赤ちゃんが無事に成長する確率は20%ぐらいだろう」という産婦人科医の余計なひとことから、全ては始まった
この言葉は新米母親だった私を怒らせ、祖父母を悲しみのドン底に突き落とし、さらに夫を奇妙な行動に走らせた。
母子ともに峠を越したのは一カ月後。元気を取り戻してようやく退院したとき、なぜか赤ん坊が五つ子に増えていた。
夫は満面の笑みで、五人の赤ちゃんを私に見せてくる。
「太郎が生き残る確率は医者から20%と言われただろ。だから、うちの会社の研究所にお願いして、念のためにクローンで増やしておいたんだ。五人いれば、一人は成長してくれるはずだろ」
夫の会社は医療メーカーだ。クローンの研究をしているとは聞いていたが、まさか赤ん坊のクローンを作るとは思わなかった。もちろん無許可だろう。
私は夫に詰め寄った。
「ちょっと、なに勝手なことを言っているのよ。太郎はこの世に一人しかいないの。大切な太郎なの」
「太郎が大切だからこそ、増やしたんじゃないか。絶対に失いたくないだろ」
失いたくないのは同じだけど、方向性が違う。
夫は誇らしげに胸を張る。
「五人の成長度合いを合わせるのが大変だったんだぞ。太郎の様子をずっと見守り続けて、成長促進剤の投入量を調整して……」
「もうそんな話はいいから。それで、オリジナルの太郎はどれなの?」
夫は五つ子の顔を順番に見比べた。そして、小首をかしげた。
「気にするな。みんな一緒だから」
「もう最悪! もういい、私が全員育てるから!」
こうして、私は五つ子の母親になった。幸いなことに太郎は五人とも元気に成長した。
そうなると困るのは戸籍だ。クローンに戸籍も住民票もない。
法律的にどうなのかはわからないが、健康保険証は使いまわした。小学校に入学できるのもひとりなので、兄弟が日替わりで学校に通った。学校で起こったことや話したことを兄弟で共有しておけば、クローンなので先生や友達にもまったくバレない。
そもそも誰がクローンで、誰がオリジナルなのかすら分からないのだが。
太郎同士で情報交換している様子を眺めている夫は、目を細めた。
「みんな仲良くやっているなあ。えらいぞ。さすがはクローンだ」
夫はお気楽なものだ。だれのおかげで苦労しているのか。
遺伝子が同じでも、成長するにつれて太郎たちにも特徴がでてきた。
スポーツが得意な太郎。勉強が好きな太郎。人当たりの良い太郎。
私は学校行事で太郎を使い分けた。宿題は五人一斉に進めるのですぐに終わる。部活動はスポーツが得意な太郎。合唱には歌の上手な太郎と、子育てに楽しみが増えてきた。
スポーツの大会や発表会に他の太郎が見に行きたがったが、そこは祖父母を動員して、親戚を装ってごまかした。
五人の太郎を育てるのは大変だ。けど、太郎たちが小学校の高学年になるころにはリズムもつかみ、なんとかやっていける自信がついていた。
とはいえ、将来が心配だ。五人ともかわいくて愛しい太郎なのだ。まともな生活を送らせてあげたい。
戸籍と住民票を五人分揃えようと無戸籍者の特例も調べ始めたころ、夫が上機嫌で帰宅してきた。
夫は五人並んだ太郎の寝顔を見ながら、しみじみとした口調で私に語り掛けてくる。
「美緒には五人の子育てで苦労をかけたね。いつか助けてあげようと思っていて、時間がかかったけど、ようやく準備ができたから」
嫌な予感がする。夫が指を鳴らすと、ドカドカと四人の中年女性が入ってきた。
夫の後ろに、私が四人も並ぶ。
「美緒の負担を軽くするために、クローンで増やしておいたから。おれたちは四十代だから、成長促進剤を使っても同じ年齢にするのに時間がかかってさあ」
四人の私は一斉にお辞儀をした。また夫が指を鳴らすと、次にその後ろから出てきたのは四人の夫。
「おれもそろそろ楽しようかと思って、ついでにおれも作っておいた。これで万事解決というものだ。五組の家族が誕生だ。どうだ、おれって凄いだろ」
オリジナルの私は、オリジナルの夫を殴り倒した。
(了)