公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第26回「小説でもどうぞ」佳作 冗談みたいな話 柚みいこ

タグ
小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
結果発表
第26回結果発表
課 題

冗談

※応募数241編
冗談みたいな話 
柚みいこ

 ちろりちろりと人が歩いてくる。あれは紛れもなく酔っ払いだ。
「よ、ご機嫌だね」
「あんたこそ、相当、ご機嫌じゃないか」
 仰る通り、こちらも酔っ払いだ。
 初めて会う相手だが妙に馬が合い、二人でもう一軒行こうという話になった。
 そいつとふらふら行ったのは、小さな居酒屋だった。年季の入った暖簾をくぐると、橙色の灯りの中でオヤジが振り向いた。
「へい、いらっしゃい」
 オヤジの顔は赤く火照ほてっている。ちょっとここで冗談をかましてみた。
「なんだよ、オヤジも酔っ払いか」
「冗談言わないでくださいよ。店主が自ら酒呑んでどうするんですか」
 オヤジはよろよろと立ち上がると、座敷からカウンターの中へ移った。だが、それまで座っていたテーブルには一升瓶が出ていた。
 早速、ビールとネギマを注文すると、軽くふらついているオヤジを見遣った。
「この店、暇そうだね」
「さっき団体さんが帰ったとこよ」
 何人? と訊くと、二百人と答える。
「嘘こけ。そんなに入るわけないじゃん」
 ケラケラケラ。酔うとどんなにつまらない冗談でも面白くなる。
「おれ、実は公安警察なんだ」
 唐突に相棒が吹いてきた。
「へえ、すげー。俺は政治家なんだ」
「お前みたいな政治家、いるはずがないだろう」
 わっはっは、と豪快に笑われる。
「けど、ほんとに俺、政治家なんだよ」
「マジか」
「冗談で出馬したら、当選しちゃった」
「有権者も冗談で投票したんじゃねえの」
「そうなんだよ。冗談じゃねえよって感じ?」
 ここで頼んだ焼き鳥が出てきた。なんとネギしか刺さっていない。
「こら、オヤジ。鳥がいねえじゃねえか。これじゃあネギマじゃなくて、ただのネギだ」
「やだな、お客さん。冗談ですよ」
 あとから鳥だけが刺さった串が出てきた。セルフで刺し直せってことか。ちくちく肉ネギ肉ネギ肉を作っていると、隣に座る相棒が話し掛けてきた。
「ねえねえ、国会とか出ちゃったりする?」
「うん、出るよ。いつも居眠りしてる」
「へええ。いい気なもんだな」
「でも、この前、ちょっと発言してみたら、冗談なのに、みんな大騒ぎになっちゃってさ。首相なんて真っ青な顔してやんの」
 そのときは面白かったな、と独りごちると、あのときの議員お前だったのかと尋ねられた。
「うん。俺、普段は結構マトモなの」
 国会には、いつもど派手な水玉模様の冗談みたいな背広で出席している。
 ビールをあおると空になったジョッキをオヤジに差し出した。
「ねえオヤジ。ドンペリある?」
「あるよ」
 威勢よく芋焼酎の瓶を出してきた。
「こりゃあ、上等の奴じゃねえか」
 相棒がトイレに立ってしまったので、オヤジを相手に飲み始めた。すると、ただでさえぼやけていた頭が更にぼやけ出し、ぐるんぐるんと目も回り出した。
「この芋焼酎、効くねえ」
「お客さん、ドンペリだってば」
「ぎゃはは。ドンペリという名前の焼酎か」
 気が付くと黒ずくめの男たちに囲まれていて、後ろにいた奴に両腕を羽交い絞めにされ無理やり立たされた。そのままズルズル店から引っぱり出される。
 店のオヤジが血相を変えて追いすがってきた。
「お客さん、冗談でしょ。お勘定!」
「いくら?」
「三千万円」
 近場にいた黒ずくめが、俺の尻のポケットから勝手に財布を引っ張り出して、千円札を三枚取り出して払った。
「毎度あり」
 うやうやしく受け取るオヤジに手を振った。
「じゃあ、まったねー」
 その日以来、ずっと某所に監禁されている。
 ある日、あのときの相棒が現れて、真剣な顔で迫ってきた。
「で、その証拠はどこにある?」
「だから冗談なんだってば。っていうか、あんた本当に警察の人間だったんだな」
 実は俺、元フリーの記者だったもんだから、つい、国会議員、全員分のスキャンダルを握ってるって大ぼら吹いちゃったんだよね。
 けど、まさかこんなことでテロ認定受けるだなんて、もう絶対に冗談なんて言いません。
 いや、マジで。
(了)