第26回「小説でもどうぞ」佳作 強盗 河音直歩
第26回結果発表
課 題
冗談
※応募数241編
強盗
河音直歩
河音直歩
今春、浩太が小学四年生になったとき、母親は再婚をした。
相手は、武田といった。父親とは似ても似つかない、切れ長の鋭い目つきをして、チンピラのような服を着ているときもあった。軽薄そうな男だった。
武田はいつも夜に仕事から帰るとすぐ、浩太の部屋に、ノックもしないで入って来た。
「おい、浩太。ちゃんと宿題やったか。お土産だぞ。コンビニから盗んできたぞ」
そう言って、ガムやチョコレートがいっぱいの袋を、勉強机に置くのだ。
「おかえり」
浩太は、母親にきつく言われていたとおりに、ちゃんと挨拶は返すようにしている。
「今日は駅前のコンビニで、人質を取ってだいぶ暴れ回ってやったからな、普段より高級なチョコレートも入ってるぞ」
武田は一人でへらへら笑ってから、部屋を出て行く。
一人きりになったあと、階下から武田と母親の声を聞きながら、たまに浩太は、本棚にしまってある、父親の写真が入ったアルバムを触っている。開いて中を見たら、もっと苦しくなりそうなので、ただ指でなぞるだけだ。
両親は喧嘩が絶えなかったが、浩太は二人とも好きだった。一緒に暮らしていたかった。
離婚して二年が経っており、数か月に一度、父親と会うことはできた。しかし再会するたび、父親の匂いは、かつて知っていたものとは、どんどん違うものへ変わってきている気がする。知らない服で、知らない髪型で、待ち合わせ場所に立っているときがある。
住む場所も食べるものも、全部が私たちと違うから当たり前よと、母親は言う。
父親の態度は何も変わっていない。けれど実際は、浩太のことを、どう思っているのだろうか。浩太の匂いを嗅いで、同じような変化を感じてはいないのだろうか。隔たりを、感じていないだろうか。
父親が少しずつ遠くに行ってしまうのに、浩太は何もできない。家に帰れば、武田がいる。無遠慮に生活に侵入している。武田は明るい冗談好きで、いつもありもしないことばかり、笑いながら、浩太に言ってくる。浩太をからかって、黙っているのを見て、また笑う。
父親からも、武田からも、浩太は離れている。宙ぶらりんの気持ちでいる。
その金曜日は朝から雨が降っていた。
浩太は風邪を引いて、学校を休んだ。母親はやむを得ず仕事を休むことができないので、昼食の用意をして、あれこれ浩太を気遣いながら、出て行った。武田は、浩太の具合が悪いことは知らずに、随分早くに家を出ていた。
家の中はしんと静まり返っていた。浩太は苦しそうに咳き込みながら、布団にくるまって、雨の音をじっと聞いていた。
しばらくすると、急に車の音がした。家の前に止まって、誰かが降りてきたようだった。
ひどい咳が聞こえてきた。あの声はきっと、武田だ。
彼も風邪を引いたのか、激しく咳き込み、どたどたと廊下を歩いている。やがて、浩太の部屋の前でぴたりと、足が止まる。
「どうした、浩太、お前、今日休んでいるのか」
扉が開くと、マスクをつけて顔を真っ赤にした武田が辛そうに立っていた。
「うん」
「風邪か」
「うん」
「呼吸はしてるか」
「うん」
「なんか食ったか」
「ううん」
「くそはしたか」
「ううん」
浩太はなんだか馬鹿馬鹿しくて、少し笑いをこらえた。
窓に当たる雨音が強くなった。
「よし、美味いもん買って来てやる。デパートで強盗してくるから、待ってろ」
そう言うと、武田はいなくなった。浩太よりももっと、具合が悪い様子だったのに、すぐに家を出て行ってしまった。
武田が雨に濡れて、もっと風邪をこじらせたら、嫌だな、と浩太は思った。
しばらく眠ったあと、浩太はいいにおいで目が覚めた。武田が皿にカレーを載せて、部屋の中に入って来ていた。武田は青い顔をしていた。
「ほら、食べろよ。お前に何かあったら、俺は強盗する気も起きないんだ」
浩太は、なぜかあたたかい気持ちで起き上がった。
「次は僕が、強盗する」
試しに言うと、武田に「お前にできるかよ」と頭をぐしゃぐしゃにされた。
(了)