第26回「小説でもどうぞ」佳作 アンドロイドはジョークを理解する夢を見るか? 昴機
第26回結果発表
課 題
冗談
※応募数241編
アンドロイドはジョークを理解する夢を見るか?
昴機
昴機
世界初のAI搭載人型アンドロイド・アイが最初に放った言葉はこうだった。
「それでは地球の支配権を明け渡してもらいましょうか、人類さん」
アイなりのお茶目な冗談であったが、これが賛否両論を巻き起こした。むしろ圧倒的に
「やから今さら人間とAIが冗談について話すんもねえ、なんや時代遅れや思わん?」
オオアタリ春秋は額をぽりぽり掻いた。ちなみに春秋は本名、オオアタリは縁起を担ぐためにつけた芸名である。
「それはワタシが時代遅れのロボット以下と言うことでしょうか」
対して彼女、アイリスは冬の早朝を思わせる目で答えた。その声に温かみは少しもない。頬は焼き入れしたての鉄のような硬度である。
「ネット番組でアナタがジョークの名手であると拝見致しました。オオアタリ春秋さん、ワタシに冗談の極意を教えてください」
頭を下げ、彼女は楽屋に入ってきた際と同じ言葉を繰り返した。初めは次の番組のスタッフかと思っていたが、とんだ闖入者もいたものである。
「俺、こう見えて売れっ子やから忙しいねん。次の収録もあるから、はよ帰り」
「そこをなんとかお願い致します」
「そう言われてもなァ。持ちネタの解説でもすりゃええの? ンなもん寒ゥて凍え死んでまうわ」
「暖房をつけましょうか」
「今のもな、冗談なワケや」春秋の溜め息に「勉強になります」アイリスはまっすぐ頷く。こりゃヤバいぞ、と春秋は心の中で両手を挙げた。忙しいのは決して嘘じゃない。どうにか早いうちにお引き取り願いたかった。三十年前のアイがこの状況を見たら、どんなジョークを飛ばすだろうか。
「ところで君、どうやって入ってきたん?」
ここはテレビ局の楽屋だ。入館許可証がないと入れないし、至るところに警備アンドロイドが立っている。簡単には入れないはずだ。
「忍び込みました。見つからないように頑張って」
「……君、存在が冗談みたいやね」
時代遅れなのか最新性能なのか分からない。
「で、なんでそない冗談を知りたいん?」
「周囲との意思疎通が困難です。同僚のアンドロイドに『アナタにジョークを理解するのは無理ね』と言われてしまって」
「……そりゃショックやなァ」
春秋もデビュー当時は周囲に「つまらん」だの「売れるはずがない」だの散々言われたものだ。その批判の声をバネにしたからこそ、今の彼がいるのだが。だから彼女の気持ちは、分からないでもない。
「すみません、お邪魔します」
楽屋の扉が開いた。春秋は反射で答える。
「邪魔するなら帰ってや」
「はっはっは、古典的ジョークですな」
顔を覗かせたのは、屈強な警備アンドロイドだった。
「先ほど監視カメラに不審者が映っておりまして。どうもこの楽屋に入って行ったようなのですが……」
アンドロイドはアイリスに鋭い視線を向ける。彼女の瞳に、初めて不安が滲んだ。
「ちゃうちゃう。この子、俺の知り合い」
「そ、それは大変失礼致しました」
アンドロイドは慌てて出て行った。アイリスは迷子の子供のように春秋をじっと見る。春秋は決心して頷いた。
「まあ冗談いうもんは難しいわな。気長に知っていったらええんとちゃう? まあ解説はごめんやけど」
「……ありがとうございます」
アイリスは深く頭を下げた。と言っても、まずはどこから手をつければいいのだろう。
ダジャレなら構造上理解しやすいだろうか? 春秋は頭を悩ませる。
うーん、と口をへの字にする彼を見て、アイリスは呟いた。
「オオアタリ春秋さんも、やっぱり欲しいんですか?」
「何を?」
「地球の支配権」
春秋の口が、ぽかんと開いた。
「ンなけったいなモンいらんわ!」
それはデビュー当時、いや起動当時に春秋が何度も聞かれた質問だった。もしやアイリスなりの冗談か? けれども彼女の顔はどこまでも大真面目だった。アンドロイドよりもよほどアンドロイドじみた人間である。
史上初のお笑い特化型AI搭載アンドロイド・オオアタリ春秋は、合成皮膚をぽりぽりと掻いた。
(了)