第26回「小説でもどうぞ」佳作 ジョークおじさん 村木志乃介
第26回結果発表
課 題
冗談
※応募数241編
ジョークおじさん
村木志乃介
村木志乃介
「ああ、そこのキミ。気になったんだよねぇ」
いきなり声をかけられた。
振り返るとまったく知らないおじさんだった。
「誰ですか」
思わず答えたあとで思い出した。そのおじさんのこと。
ジョークおじさん。
僕の通う高校で最近話題になっていた。
いきなり声を掛けてきて、最後は冗談だよと笑って立ち去るとかいうおじさん。
「気になったんだよねぇ」
ジョークおじさんは、くねくねと腰と肩を揺らしながら両手をぶらぶらさせ、ひゅぅひゅぅと下手くそな口笛を吹いた。
『気になった』って言ったけど、空っ風に吹かれる木にでもなったつもりか。
声には出さず僕はツッコミを入れる。
むやみに話しかけるべきじゃないと僕の冷静な部分が警告していた。
なにあれ。まじウケる。周りから囁き声が聞こえる。
きょろきょろとあたりを見渡すと、通りがかりの女子高生の集団が僕のほうを向いてクスクス笑い声をあげている。
「気になったぁ。なんちって」
ジョークおじさんが両手を広げたままヘラヘラと笑う。まだ気と木を掛けて、演じるつもりか。
「気になると、樹木のこと、掛けてんでしょ。ぜんぜん面白くないんですけど。で、僕にまだなんか用ありますか」
僕は話しかけるべきではないと思いつつ、うっかり話しかけていた。というのもジョークおじさんがあまりにも変てこな動きをするものだから。どうしてもツッコミたくなったのだ。
「なんか用ありますかって? だから、キミのことが気になったんだよねぇ」
そう言って両腕を広げ、今度はブレークダンスでもするかのようにくねくねさせる。
「冗談はもうやめてください」
僕は真顔で文句を言った。
ジョークおじさんは、見た目からして僕の父さんよりも年上に見えたけど、そんなの関係ない。言っていい冗談と悪い冗談がある。いい大人がなにをやってんだ。
「気になったんだよねぇ」
でも、ジョークおじさんは相変わらずだ。
「冗談も休み休み言ってください!」
ぐつぐつと怒りのマグマが腹に湧き上がり、僕は怒鳴りつけてやった。それでもまだいちおう敬語を使って。
「気・に・な・っ・た・ん・だ・よ・ね」
僕が冗談も休み休み言えと言ったからだろう。ジョークおじさんは変に言葉を区切りながら答えた。
「いい加減にしろ!」
ついに僕は噴火した。大声でジョークおじさんを制止する。さすがにジョークおじさんにも伝わったらしく、「ごめんよ」と今度は素直に言って、両手を顔の前で合掌するようにあわせて頭を下げた。
これでもう絡んでこないだろう。と思っていると、「最後にそこ。キミのあそこが、気になったんだよねぇ」とジョークおじさんは僕の股間のあたりを意味ありげに見つめた。
ジョークおじさんの視線をたどり、僕もその部分に目をやる。
学生ズボンのチャックが開いていた。しかも全開で。よりによって今日に限って白いブリーフパンツを穿いていて、黒いズボンから白い生地が日差しを浴びて眩しく輝いている。
「キミ、あそこを換気してるの? 若いから熱いんだね。ヒュゥヒュゥ。なんて冗談だよ」
おい。そんな冗談はいらん。大事なことは、もっと早く、ちゃんと言葉にして言え。
周りの目が僕の股間に釘づけだったことがわかった。
急いで閉めようとファスナーを引き上げた。が、なぜかすぐにぱっくり開いてズボンの窓にすずしい風が入り込む。あろうことかチャックが壊れていた。全身が熱くなる。
「気にしない。気にしない。じゃあまた」
ジョークおじさんはくねくねダンスをやめると、清々しいほどに背筋を正し、僕に背を向けた。僕はそんなジョークおじさんの背中に向かって思いのたけを込めて叫んだ。
「もう冗談なんかやめて、気になったらすぐ言ってください。チャックが開きっ放しで歩いてたなんて恥ずかしいですから」
僕の声が届いたらしく、ジョークおじさんは振り返ると、片手を振ってそれにこたえた。そして、なぜか自分のズボンのチャックに手をやると、全開にオープンした。
おい。いったいなんの真似だ。ちっともわかってないだろ。
僕は声には出さず、ツッコむしかなかった。だって、相手はジョークおじさんだもん。なに言ってもジョークで返すだろうから。
(了)