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第26回「小説でもどうぞ」選外佳作 余命一日のテロリスト ふゆ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第26回結果発表
課 題

冗談

※応募数241編
選外佳作 
余命一日のテロリスト ふゆ

「冗談ではありません。貴方あなたの余命は、あと一日です」
 医者はためらうことなく、断言した。
「でも先生、私はこんなにピンピンしてますよ。あと一日しか生きられないなんて、とても信じられませんよ」
「貴方の病は、突然全身の神経が硬化し、機能を停止するという、きわめて珍しい疾患で、世界でも数例しか確認されていないんです。残念ながら治療法や薬は、現在のところ報告されておりません」
 医者は申しわけなさそうに、うつむいた。
「いやいやいや、私はまだ四十半ば、やりたいことがいっぱいあるんですよ。やらなければならない大きな仕事もある。この国の未来がかかっているんだ。一日しか生きることができないなんて、納得できるわけがない!」
 医者は絶望的な表情で、私の話を黙って聞いていた。
「先生、本当なんですね……」
 医者は小さくうなずいた。

 病院を出た私の足取りは、重かった。
 医者は入院をすすめたが、私は断った。病院のベッドの上で、ただただ死を待つなど、とてもできない。
「なんてこった、あと一日で人生に終止符が打たれるのか……」
 頭がクラクラした。立ってはいられず、近くのベンチに倒れるように座り込んだ。

「これから、どうする」
 絶望の中で頭に浮かんだのは、愛しい女の姿だった。
「彼女には、なんと伝えればいいんだ」
 私は、長い時間をかけて防衛省の女性幹部を洗脳し、我々サイドの人間に仕立て上げた。
 そして、偵察衛星に模した切り札を打ち上げることに成功した。
 しかし、不覚にもその女性に気持ちが動き、恋に落ちてしまったのだ。
「ああ、小百合が恋しい。すぐにでも会って、朝まで愛し合いたい。どうせなら、腹上死で人生を終えることができれば、最高だ」
 私の身体は、ムキ出しの欲望で煮えたぎってきた。
「待て待て待て、そんなプライベートなことに時間は使えない。私には、組織として実行しなければならない任務がある。世界の体制を根本的に作り直すために、この国の政府を打倒せねばならないのだ。そのために、苦労して準備をしてきたんじゃないか」
 しかし、一日足らずで国のトップと、そんな高度な交渉は、とてもできない……。
 私の頭は、真っ白になった。
「ダメだダメだダメだ、この計画はなんとしてもやり遂げなくてはならない!」
 理想の社会の構築。
 対立や戦争がなく、不等な差別がなく、マネーゲームによる経済格差がなく、すべての人類が武装を解除し、自然とともに生き、いたわりと友愛の心を持って、唯一無二の生命のゆりかごである地球、この星における共存を実現させなければならない!」

(腐ったこの世界なんて、なくしてしまえば、楽になるぜ)
 突然、悪魔がささやいた。
(悩む必要なんてないんだよ。交渉なんて時間の無駄だ。0から始めればいいんだよ)
「そうか、今の世界が終われば、我々が目指した理想の世界が、新たに生まれるんだ。私が決断し、私が任務を遂行すれば、組織の目標が達成されるんだ!」
 今までの苦悩が、うそのように消え失せ、私は精神の安定を手に入れた。
 気がつくと、辺りは暗くなり、夕日をバックに病院がシルエットになって、浮かび上がっていた。
「なんて美しい光景だろう」
 私は、その神々しい姿を網膜に焼きつけると、カバンの中から発信器を取り出し、空に掲げ、スイッチを押した。
 暗い空の中心から光が広がり、辺りは真昼の明るさになった。
 静止衛星軌道上の中性子爆弾が炸裂したのだった。

 私の周りで、話す声が聞こえた。
「気がついたようです」
「小西君、いやナンバー9、聞こえるかね」
 私は目を開け、声のするほうへ顔を向けた。
「君たちの計画は、すべて聞かせてもらったよ。死というストレスが自白剤の効果を高めてくれたようだ。人類を人質にとった君たちの野望は、失敗したんだよ」
「先生、冗談はよしてください」
「冗談なもんか、君にはこのまま死んでもらうよ。あれから、ちょうど一日経ったからね」
(了)