第26回「小説でもどうぞ」選外佳作 冗談でしょ? 十六夜博士
第26回結果発表
課 題
冗談
※応募数241編
選外佳作
冗談でしょ? 十六夜博士
冗談でしょ? 十六夜博士
素麺で昼食を済ませた昼下がり、食べ終わった自分の食器だけを台所に片付けると、マサキはすぐに自分の部屋に戻っていった。
食器を放ったらかしにしないだけマシだけど、なんだか不穏な気持ちになる。最近、会話も減った。結婚三年。そんなもんか――。
唇を噛み締めたまま、重ねた食器を台所に運ぼうとしたとき、テレビが緊急速報のアラート音を上げた。テレビに顔を向ける。
ガシャーン!
「大丈夫⁉」
落とした食器が壊れる大きな音に驚いて、マサキが部屋から顔を出した。
私はテレビを指さし、アウ、アウと声にならない音を発した。直ぐにテレビを見たマサキが、「えーーー!」と両手を広げる。そして、「冗談だろ?」と言いながら、テレビに
事態が事態だけに、速報のテロップのあと、番組は内容を変更して、詳細を伝え始めた。
「ただいま、紛争中の〇〇国で核兵器が使用されたとの速報が入ってまいりました。番組を変更して、お伝えしてまいります」
アナウンサーは冷静に喋っているが、顔色は青白い。そりゃ、そうだ。人類にとって最悪の事態が起こったのだから。約八十年前、広島と長崎を焼き尽くして以来、何度も核使用の危機はあったが、人類はその危機を回避してきた。私などは高を括って、『核兵器はやるやる詐欺だよ』なんて不謹慎なことを言っていて、自分の無知が恥ずかしくなる。
「冗談だよね……」
世界は冗談のような現実で溢れている――。
今日だって、四十度を越える気温で、外に出るのもままならないし、ガソリンの値段も二百円を超えている。バイト感覚でお年寄りにお金を振り込ませたり、強盗をしたりの若者。ノルマを達成しないと即日、首になるパワハラ企業や、高名な人物のセクハラ。普段は優しいお父さんのようなブログを書いているのに、陰で芸能人を自殺に追い込むほど誹謗中傷するオヤジ。昨今の世の中は、『冗談でしょ?』っていうことばかりだ。だから、核兵器だって使用されても驚いちゃいけない。
いつしかリビングから見る景色は赤みを増していた。核兵器使用の緊急速報のあと、いろいろな情報が飛び交ったのだけど、結局、敵対する大国同士が核の報復合戦をやるということに落ち着いた。どこをどう間違うとそういうことになるのか。(冗談でしょ?)と唖然とした。集団的自衛権とか、よく分からないけど、そういう関係で日本も終わりらしい。政府からは、『自分の命を守る行動を取ってください』と言われたけれど、核戦争となれば、そんな行動あるはずもない。私達は結局、世界の様子を伝え続けるテレビを見ながら、リビングでビールを飲むことしか出来なかった。
「また、チェコでビール飲みたいな」
「そうね。でも、あの時、マサキ飲み過ぎで倒れたよね。ほんと大変だったんだから」
昔を思い出したり、近所に出来たお店の話をしたり、私達は取り留めのないことを沢山話した。それぐらいしか出来ないからだし、今しか話せないからだけど、こんな状況とは裏腹に不思議と穏やかな気持ちになっていく。
夕暮れのせいかもしれない。私は急にマサキに一言言っておきたくなった。
いつ世界が終わっても良いように、いつも照れ臭くて言えなかった(ありがとう)を。
少し真面目な顔でマサキの顔を見つめると、マサキも何かを悟ったのか私を見つめ返す。
こんなに真っ直ぐお互いを見つめるのはひさしぶりで、顔が少し熱くなった。今思うと、やっぱ幸せだったよ、私。何でちゃんと幸せだってマサキに伝えなかったのか。バカだな、私。急にグッときて言葉が出てこない。
その時、テレビが慌ただしくなった。一旦、テレビに二人で向き直ると、アナウンサーが大慌てで喋り始めていた。
「ただいま各地から入った情報によりますと、核のボタンを押すことを職員がボイコットしている模様です。また、ハッカーが核のボタンを無力化したとの声明を発表しました。どうやら、核戦争は間一髪回避された模様です。良識のある民衆の勝利です! 人間は信じられる。人間に絶望しなくていいんです!」
泣きながら
「冗談でしょ?」
プッと二人で吹き出した。ひとしきり笑い合うと、急にマサキが真面目な顔になる。
「これまで、ありがとう。そして、これからも」
「こちらこそ。ありがとう」
この言葉は冗談じゃない。きっとマサキも。
(了)