第27回「小説でもどうぞ」佳作 病気でしょうか? 津田緋月
第27回結果発表
課 題
病
※応募数314編
病気でしょうか?
津田緋月
津田緋月
「先生、私、病気でしょうか?」
ミヨ子は診察室の椅子に座って早々、主治医に尋ねた。
四十代くらいの主治医は「そうですよ」といとも簡単に答えた。
「だからこうして毎月、通院してもらってるんじゃありませんか」
「先生、違うんです。本当に今日はおかしいんです。体調が……とっても良いんです」
主治医は目を丸くしたあと、ガハガハと笑った。
「面白いことを言いますねぇ、ミヨ子さん。素晴らしいじゃありませんか、身体の調子が良いのは」
医師の言葉はもっともだが、簡単には頷けない。ミヨ子は還暦を過ぎたあたりから、
「おっしゃる通り、今日の検査結果を確認しましたが、普段より良い値ですよ」
「ほら見ろ、問題ないじゃないか。うちの母、朝から『新しい病気になったんじゃないか』とか何回も言ってたんですよ」
横で話を聞いていた息子が余計な口を挟むので、ミヨ子は「黙ってな!」と一喝した。
主治医は再びガハガハ笑う。
「まあまあミヨ子さん、体調が良ければ、何かやりたいことをやってはいかがですか」
「やりたいこと?」
「ええ。普段は体調が悪くて、やりたくてもできなかったことがあるでしょう。体調が良い今こそ、それをやるチャンスですよ」
「はあ」
その後はいつもの薬を処方され、昼前に帰宅した。
あたしのやりたいことって何だろう――。
体調が良ければ、あれもこれもできるのに……しょっちゅうそんなふうに嘆いていた気がする。だが「あれもこれも」がいったい何だったのか思い出せない。
昔やっていた生け花が頭をよぎった。花ばさみや剣山などの道具はどこに仕舞ったっけ。確か押し入れだ。奥から引っ張り出さなければならない。そう思うとやる気が失せた。それに、肝心の花がない。
料理はどうだろう。息子は退職してから、ミヨ子に代わって食事の支度を進んでやるようになった。
久々にあたしが作ってやろうじゃないか――。
腕まくりをして台所へ行くと、既に息子がいて、カレーライスをふたり分盛っているところだった。
「なんだ、もう作っちゃったのかい。せっかくあたしが作ろうと思ったのに」
「え? いいよ、もう作っちゃったし。夕飯の鯖の味噌煮だって、もう仕込んであるから」
「じゃあ、付け合わせのおかずでも作るかね」
ミヨ子は台所の奥に入り、冷蔵庫を開けた。
「ああもう母さん、いいから座っててよ。こっちはいろいろ献立考えて買い物したりしてるんだからさ」
ミヨ子は頭にきて、「ああそうかい!」と冷蔵庫のドアをバシンと閉めた。生意気な息子め。お前が退職するまで、誰が食事を作ってやってたと思ってるんだ。
食事のあと、浴室の掃除でもするか、と浴室の床をスポンジでゴシゴシやっていたら、とんできた息子に「やめろよ、滑って怪我でもされると、こっちが迷惑なんだよ」とスポンジを取り上げられた。じゃあ食器洗いなら、と思ったら既に食洗器が担当していた。
仕方なくミヨ子はテレビを点けた。普段と同じ椅子に座り、いつも観ている午後のワイドニュースを観た。息子が台所で床を拭く音が聞こえるが、「あたしがやる」とは言わなかった。どうせまた止められるのがオチだ。
それにしても、体調が良いのにテレビを観ているのと、体調が悪くてテレビを観るしかないのとでは、居心地がだいぶ違った。夕方四時から始まるはずのドラマもなかなか始まらない。時間の経過が遅い。明日こそは「やりたいこと」を見つけなければ。
翌朝、動悸で目が覚めた。
身を起こすと少し眩暈もした。ヨタヨタと洗面所に向かい、水を一杯飲む。昨日の調子の良さはどこに行ったんだ。やはり一時的なものだったのだろうか。
居間に行くと、息子が台所に立っていた。ミヨ子に気付き、苦笑いを浮かべた。
「昨日はいろいろ言い過ぎてごめん。せっかくだから、母ちゃんに朝食作るの手伝ってもらおうと思って、待ってたんだよ」
「それどころじゃないんだよ、症状がぶり返して、あたしゃ大変なんだから」
ミヨ子は椅子にどっかりと腰を下ろした。ええーっと不満の声を漏らす息子をよそに、ミヨ子は少しホッとしてテレビを
(了)