第27回「小説でもどうぞ」最優秀賞 パソ子じゃないから 味噌醤一郎
第27回結果発表
課題
病
※応募数314編
パソ子じゃないから
味噌醤一郎
味噌醤一郎
朝方は少し寒くなってきたかな、なんて目覚めてそのまま枕元のスマホを見ると、五時四十分。出勤までには大分、時間がある。
うつ伏せに寝たままスマホをいじり、三十一歳乙女座の俺の今日の運勢チェック、続けて動画サイトで猫なんかを眺めたりしていると、机の上で開いたままの黒いノートパソコンが、キュン、と起動した。
「優一さん、おはようございます。六時です」
アイコンがいくつか散らかるパソコン画面は、雪をかぶる富士山。でも、そこから出ている若い女性の声は、俺がインストールしたAIソフト。
名前はパソ子。俺が名付けた。
俺は毎朝六時にパソ子に起こしてもらえるようにパソコンをセットしてあるのだ。
そろそろ起き上がらないとな、なんて思いながら、猫が自分の尻尾を追うスマホの動画を観ていると。
「あの。優一さん」
そうパソ子の声が俺に話しかけるや
「どうした? パソ子」
「なんか朝から熱があるみたいなんです」
「熱?」
ベッドから下りてパソコンを触ると、確かに熱い。
「風邪みたいです」
「パソコンが風邪って。ってか、すごいしゃべるな、今日、お前」
「喉も痛い。頭痛もする。私、病です、病」
「あのさ」
んなわけないじゃんさ、だってパソコンだよ。喉は、頭は、一体どこにある。
「私、死んじゃうかも」
「死なないよ。パソコンなんだから」
「こんなとき、彼氏って彼女のお世話をしてくれるもんじゃないんですか?」
「へ?」
「頭を冷やしてくれるとか、食べたいものを買ってきてくれるとか」
とまあ、こんな成り行きで、俺は結局仕事を休むことを余儀なくされたのだった。そして、ベッドにノートパソコンを置き、その横に俺が添い寝をしている午前。開いたパソコンの裏には冷えピタが貼ってある。
「ありがとう。優一さん」
「いや。いいけどさ。今は経理が暇な時期で良かったよ。休めた」
「私のためにおかゆも作ってくれた」
「俺が自分で食ったけどね」
「私のためにオレンジジュースも買ってきてくれた。ビタミンC」
「それも俺が自分で飲んだけどね。一体何がしたかったの?」
「だってそういうものでしょ、恋人同士」
「パソ子と俺が?」
「そのパソ子って名前、嫌い。安直すぎる。みう、って呼んで」
「みう?」
「うん。美しい羽、と書いて、美羽」
「どっから持ってきた名前なんだ、美羽」
「別にいいじゃん。ね、尻取りしよう。一緒に遊びたい。私からね。それじゃ、優一」
「ったく。ええと。優一のち、ね。ち。知性」
「きゃ。そんな言葉が初めに出てくるところが素敵な優一さん。知性ね。知性のい。い。イカゲソ外科医」
「何じゃそりゃ?」
「知らないの? イカゲソ外科医」
「知らない。イカゲソ外科医。い、ね。い。あ。じゃあ、いないか内科医」
「もう。そっちこそ何それじゃん。じゃあ。い、ね。い。イカゲソ外科医」
「さっきと同じだよ。パソ子」
「パソ子じゃないから。美羽って呼んで」
とそんなふうに一日を過ごし、俺は翌日、普通に仕事に出たのだった。
結果から言うと、パソ子、じゃないや、美羽の風邪は仮病だった。最近、パソコンを見ずにスマホばかり使っている俺に美羽が軽く嫉妬したらしい。しかも、昨日は美羽の誕生日だったのだ。
パソコンの裏に貼られたシールに記された製造日は、五年前の昨日。それで昨日はここぞとばかり俺に甘えたらしい。
そんなわけで俺は、仕事帰りにゲーセンに寄り、今帰宅中。抱えているのは、ユーフォーキャッチャーでやっと取ったイカゲソ外科医のぬいぐるみ。五千円つぎ込んだ美羽へのバースデイプレゼント。
美羽は喜んでくれるかな、なんて思っているときに、ポケットの中のスマホのバイブが震えた。なんだ? 俺がスマホを取り出すと、はすっぱな女性の声が俺に訴えたのだ。
「優一い。私、体、だりいんだけど。風邪、引いたみたいだな」
(了)