第27回「小説でもどうぞ」佳作 心を病みたい ササキカズト
第27回結果発表
課 題
病
※応募数314編
心を病みたい
ササキカズト
ササキカズト
ちょっと病んでいるくらいじゃないと、いい小説は書けない。俺はそう思っている。病むというのは、体じゃなくて心の話だ。ごくありふれた精神状態のやつには、大衆を喜ばす程度の小説しか書くことができない。俺は、そんなまともな小説には興味がない。俺が目指すのは、誰も読んだことがない、ぶっ飛んだ小説。心に刺さる小説の果て。小説の概念を壊し、表現の歴史に名を残すような小説だ。
ところが俺っていうやつは、まったくもって平々凡々な人間だ。だから平凡な小説しか書けない。小説の新人賞に何度応募しても、一次選考にも残らない。
ああ、病みたい。病んでみたい。病んでさえいれば、いい小説が書けるはずだ。
こうなったら病むだけだ。病もう。毎日ちょっとずつでも病む努力をしよう。今日よりも、明日は少しだけ病む人間になろう。俺は凡人だからコツコツ病もう。
ところで、心を病むにはどうすればいいのだろう。違法薬物なんて論外だが、俺は酒もたばこもやらないし、実際に体に影響するものを摂取するのは避けたい。できれば「体は健康、心は病気」というのが理想だ。
あと、心が深く傷つくのも嫌だ。辛そうだし。俺は、優しい両親に愛情たっぷりに育てられたので、少年時代に心のトラウマになるような体験もしてないし、学校でいじめられてもいない。今まで嫌な体験をしたことがないことはないが、心を病むきっかけになるほどのものではない。
不安やうつ状態、自分や世界に絶望するといった病みかたも嫌だ。死にたくなったりしたら困るし。生きたいから。死に至らない病がいい。
さて、困った。
俺は、親に相談してみることにした。
「心を病みたい? あんた久しぶりに電話してきたと思ったら、何変なこと言ってるの?」
「俺がいい小説書けないのは、心を病んでいないからだと思うんだよ」
「何馬鹿なこと言ってるの。ちゃんとご飯食べてるの? 栄養が足りてないんじゃないの?」
「たぶん母さんが想像するよりずっと、栄養バランスのいい食事をしてると思うよ」
「ちょっと待って、お父さんに代わるから……。あなた、あなた! あの子また変なこと言ってる。心を病みたいとか何とか」
「何を言ってるんだ、おまえは。もっとわかるように……もしもし」
「あ、父さん久しぶり」
「おお、元気だったか? 何を病みたいって?」
「心だよ、心。俺、小説書いてるだろ。何度か小説の賞に応募してるけど、全然ダメなんだ。書き上げた時点で自分でもダメだってわかる。心を病めば、人とは違う小説が書けると思うんだ」
「うーん。父さんに小説の良し悪しはわからないけど、別に心を病まなくてもいいんじゃないか。本当に努力して書いてるのか?」
「努力したよ」
「書いて書いて書きまくって、悩んでもがいて自分を追い込んで。そこからようやく滲み出る何かが、おまえにとっての病んだ部分なんじゃないのか、よく知らないけど」
正論だった。さすが父さんだ。電話を切って考えた。やっぱり書くことで心を病むべきなのか?
俺は、友人に相談してみることにした。
「それは君のお父さんが正しいだろうね」
幼いころからの俺の友人。彼とは毎日のように会っている。
「君さ、病みたい病みたいって言うけど、僕に言わせれば、君は十分に病んでいると思うよ」
「お……俺が病んでる? こんなことを親に電話して聞いたりしてるからか?」
「ああ、そうさ」
「別にいいだろ、そんなこと」
「別にいいけど普通じゃないよ。幼いころに亡くなったご両親に、ちょくちょく電話するのって」
「な……何を言ってるんだ」
「本当のことさ。君が三歳のときに、ご両親は事故で亡くなって、君は施設で育ったんだろ。ご両親の声だって覚えているかどうか」
「う……うるさい、黙れ! 消えろ!」
「ああ、はいはい消えますよ」
俺は、俺の空想の友だちをかき消した。
そのとき、ノックの音がして部屋に看護師が入ってきた。
「あらま、暴れないで。先生を呼びますから」
暴れようにも、拘束着でベッドに縛られて暴れられない。
そうだ。この病院の医院長が小説好きだって聞いたことがある。医院長に相談してみよう。どうしたら心を病むことができますか、って……。
(了)