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第27回「小説でもどうぞ」選外佳作 オイラは今夜も眠れない。 紅帽子

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第27回結果発表
課 題

※応募数314編
選外佳作 
オイラは今夜も眠れない。 紅帽子

 オイラは今夜も眠れない。
 もう何日も眠れない。メンタルヘルスに行ってみた。診察室に入ったら、待っていたのはラッパーだ。オーバーサイズのTシャツを、だぼっと着こんだお爺さん。細身のパンツに黒キャップ、シルバーチェーンを身につけて、スタイリッシュにキメている。

「いかがしました、お兄さん。俺はね、ただのお爺さん。ドクターだけど、ラッパーさ。Hey baby! アイアム、ヒップホップじーじ、Take it easy! 気楽にいこうぜ、ヤングマン。俺、飼ってるのドーベルマン。じゃあ、君からね。ラップ問答、レッツゴー」

 変なんですよ、オイラって。やまいかもしれない、かもしれない。じゃないかもしれない。びょうびょうびょうやまいってか、イエーイ。

「いいね、いいね、その調子。軽やかに行こうぜ、ベイビー、No heavy」
 
 気になってるの、歌ひとつ。
 なぜって、歌が回ってる。頭ん中をぐるぐると。ループ、ループ、ループっす。ぐるぐる、めぐりめぐるんっす。

「歌聴いて、そのあと同じフレーズが、ぐるぐる回る? よくあるよ。 じーじにもある、ヤングマン。〈すばらしい! YMCAわーいえむしえーYMCAわーいえむしえー 憂鬱ゆううつなど、吹き飛ばして! 君も元気出せよ。そうさ、YMCAわーいえむしえー……〉って」

 チャイますチャイます、オイラのは。同じメロディーぐるぐる回るん、チャイますよ。
 東京ヤクルトスワローズ、雨でもないのに傘さして、踊っているのはいいけれど、問題なのはその歌詞さ。
〈踊り、おーどるなーら、ちょいと『東京音頭』ヨイヨイ〉
 ヨイヨイで、踊り踊るのいいけれど、どんな踊りを踊るのさ。

「そりゃ、君、歌詞に書いてある。『東京音頭』で踊るのさ」

 でもね、じーじよく聞いて。この歌の、題名も一度見てみてよ。そうさ、『東京音頭』です。踊ってみたいその曲は、今歌ってる歌なのさ。今歌ってる歌こそを、これから、歌いましょうよって。

「ベイビー、それはウロボロス。蛇が自分の尻尾食べ、何これ? みたいな顔してる」

 オイラは今夜も眠れない。
 もう何日も眠れない。じーじ、俺って変なの、病気かも。かもしれない、かもしれない。じゃないかもしれない。びょうびょうびょうやまいってか、イエーイ。
 
「ウロボロス、ウロボロス、自分の尻尾食べちゃった、蛇がぐるぐる回ってる。Yeah!」

 じーじそれだけ、ちゃいまんねん。『東京音頭』だけじゃない。亜紀、亜紀、八代亜紀さんの、あの『舟唄』もそうなのさ。
〈お酒は、ぬるめのー、かんがいいー。さかなは、あぶったー、イカでいいー〉
「いいね、いいね。温燗ぬるかんいいね、炙ったイカもサイコーね」

 でもね、しみじみ歌う歌。歌い出すのはなんの歌? そうです、じーじ、おわかりね。温燗と、炙ったイカの世界観、〈歌ーい出すのさ『舟唄』をー〉ってか。『東京音頭』と同じでしょ。

「ベイビー、たしかに回ってる。『舟唄』が、『舟唄』食べてるみたいだな」

 そうなんす。オイラは今夜も眠れない。びょうびょうびょうやまいってか、じーじ

「でもなベイビー、気にすんな。こんなんやまいちゃうからな。眠れなくてもへっちゃらだ。蛇になるのが肝腎だ。ウロボロス、ウロボロス。自分の尻尾に噛みついて、離さないほど考える、悩んでもがくことこそが、君の青春なんだから。これこそラップの命だぜ」

 そうなの、やまいちゃうんだね。とことん頭、使うのが、今生きてるってことなのね。

「ベイビー、ゴーゴー! slowly ok?」

 オッケー、じーじ、ありがとう。一緒にラップで歌おうよ。嬉しいときこそ、この歌を。
『オイラは今夜も眠れない』
(了)