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第28回「小説でもどうぞ」最優秀賞 誓い倶楽部 ササキカズト

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結果発表
第28回結果発表
課題

誓い

※応募数272編
誓い倶楽部 
ササキカズト

「誓い倶楽部のおかげなんだ」
 最近成績が上がった理由を尋ねたら、近藤はそう答えた。
 近藤は、高三のとき予備校で出会った友だちだ。成績も同じくらい、志望校も一緒で、ともに受験し、ともに失敗。ともに浪人生となった。
 そんな近藤が、最近めきめきと成績を上げた。誓い俱楽部のおかげ? 何だそれ?
「勉強に集中して成績を上げるって誓っただけ。誓い倶楽部でね。変な宗教とかじゃないよ、サークルみたいなもんさ。入会しなくても誓いができるから、今度一緒に見学に行ってみない?」
 あまり気乗りしなかったが、実際に成績が上がったというのが気になり、行くだけ行ってみることにした。
 日曜日に一緒に行く約束をしたが、当日近藤がドタキャン。誓い俱楽部には連絡してあるから一人で行けという。かなり気が重かったが、仕方なく一人で出かけた。
 駅から五分。小さなオフィスビルの五階に、誓い倶楽部はあった。エレベーターを降りるとすぐに〈誓い俱楽部〉と書かれたガラスのドアがあった。
 俺、何してるんだ……。
 近藤もいないし、こんな怪しげなところに、一人ではとても入る気がしない。
 しばらく立ち尽くしていると、ドアが開いて、中から男が出てきた。
「高橋君? 見学ですね、近藤君から聞いています。さあ、どうぞ」
 大学生くらい、茶髪のイケメンお兄さんが、俺を招き入れた。
 中は十メートル四方くらいの広さ。窓が大きくて明るかった。事務机が二つと、応接セットが四つ。十五人くらいの人たちが、談笑していた。
 こんにちは、と笑顔で挨拶してくる人々。明るいけどなんか怖い。やはり宗教っぽい感じだ。
 奥の事務机に案内された。美人のお姉さんが一人、パソコンの前に座っていた。案内のお兄さんは、お姉さんの対面の席に座り、俺にはパイプ椅子を出して座らせた。
「近藤君からどの程度聞いてますか?」
「いえ、あんまり」
「じゃあ、一から説明しますね。この誓い俱楽部は、誓いの力の素晴らしさを共有する有志の集まりです。誓いの力、すごいってご存知ですか?」
「い……、いえ」
言霊ことだまっていうのかな。人は、実際に声に出して言うことで、その言葉が力を持ち始めるんです。誓いとは、そういう力を利用して、人の行動や意思を制御するものなんです。この誓いの力を、世に広く知ってもらうために作られたのが誓い俱楽部です」
「へえ……」
「仕事を頑張る。禁煙する。毎日運動する。皆さんいろんな誓いを立てています。高橋君は、やはり近藤君と同じく、勉強に集中して成績を上げるっていう誓いですか?」
「いや、まだ誓うって決めたわけじゃ……」
「ところで、好きな色ってありますか?」
「え? ……青、かな」
「じゃあ君の〈誓いカラー〉は青。はい、この青い〈誓いシール〉をさしあげます」
 小さい星の形の青いシール。近藤が緑色のやつをスマホに貼ってた。
「身近なものに貼って、これを見たときに、自分の誓いを思い出して頑張るんです。また、あなたの〈誓いカラー〉である青いものを見たときも、誓いを思い出して頑張る。〈誓いバッジ〉や〈誓いステッカー〉もあるけど、これは有料になっちゃいます」
 お金の話を始めた。警戒しなきゃ。
「〈誓いソング〉というのがあって、ホームページからダウンロードできます。有料ですが。昔のアニソン歌手の方に歌っていただいてます」
 え、誰? ……やばい、興味を抑えろ。
「誓いの力を強める〈誓いの水〉も販売しています。中身はただの天然水で、一本千円です。高いでしょ。こんなただの水に千円も払ったから誓いを頑張らなきゃという気持ちになります」
 なんだ、そりゃ。
「近々、〈誓いラーメン〉や〈誓いカレー〉も販売予定です」
 高いんでしょうね。
「では高橋君。誓ってみますか? こちらに〈誓いの間〉があります」
 向かいに座るお姉さんの後ろが、パーテーションで仕切られていて、いつの間にかその扉が開けられていた。
 四畳半ほどの広さのその空間は、一段高くなった台の上に、小さな白いテーブルが置かれただけのものだった。
「誓いは、神様や仏様の力じゃなく、自分の力です。だからここでは宗教色は排除して、何も置いていません。それぞれ好きなものに誓ってもらってます。自分に誓ってもいいし、尊敬する人に誓ってもいい。一人で誓ってもいいし、皆の前で誓いたければ、ここにいる皆が同席します。……さあ、どうされます?」
 お兄さんとお姉さんの、キラキラした笑顔は断りにくかったが、俺は「また今度」と言って、逃げるようにその場を去った。

 誓いなんかに頼らなくても、絶対成績を上げられる。それを証明したくて、俺はその夜から猛勉強を始めた。

 次の日、予備校で近藤に会った。
「どうだった? 誓い俱楽部」と、近藤。
「俺は遠慮しておくよ」
「そう? でも、昨日いつもより勉強に気合が入っただろ」
「まあな」
「それはさ、お前が心の中で、誓いなどに頼らずに成績上げるって、実は心に誓っているんだよ。人が何かに頑張るのは、結局すべて誓いの力なんだよ。すごいだろ、誓いって。さあ、認めようぜ、高橋。誓いの素晴らしさを!」
 くそ……、一理あるけど認めたくない。
「一人で心に誓うのはいいけど、誓い俱楽部は何か違う。とにかく俺は、絶対に誓い俱楽部には入らない!」
 俺がそう言うと、近藤が笑いながら「それも誓いだよ」と言った。
 なんかイヤだ、誓い!
(了)