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第28回「小説でもどうぞ」佳作 禁酒禁煙禁ギャンブル 齊藤想

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結果発表
第28回結果発表
課 題

誓い

※応募数272編
禁酒禁煙禁ギャンブル 
齊藤想

 おれは、これ以上にないほどの強い決意で誓いを立てた。
 禁酒、禁煙、禁ギャンブル。
 なにしろ、この三つを止めない限り別れると彼女から通告されている。昨日も彼女から着信があり「誓いを一週間守るまで電話もしないで」とけんもほろろだ。
 確かにスナックで深酒をしすぎて強面のお兄さんに店から叩き出されたり、寝たばこでボヤ騒ぎを起こしてアパートから追い出されたり、ボーナス全額を競馬につぎ込んで彼女に迎えに来てもらったりして、彼女からはたびたび怒られている。
 だからこそ、今度こそ誓いを守らないといけない。おれが変わったことを彼女に認めてもらい、プロポーズにOKをもらうのだ。
 まずは禁酒だ。冷蔵庫から日本酒とワインとビールを取り出す。
 しかし、酒は飲むだけではない。日本酒は料理酒として使えるし、ワインも煮込み料理に欠かせない。ビールなんて水みたいなものだから、酒に入らない。
 よし、これで禁酒は完了。次は禁煙だ。
 決断したからには、紫煙とは潔く縁を切らないといけない。おれは吸いかけの煙草の箱を取り出すと、親の敵とありとあらゆるものをハサミで細かく切り刻む。
 テーブルの上にできた山を見て、おれはひらめいた。酒は料理に使えるように、刻まれた葉もアロマとして使えるのではないか。
 おれは刻まれた葉を皿の上に盛り、いろいろと混ぜてから火をつけた。柔らかな煙が立ち上がる。
 うん、これはいい。気持ちよくなる香りが部屋を包み込む。皿がインテリアに早変わりだ。
 おれはソファーに深く腰を下ろすと、輸入物の缶を開けて、水とよく似た液体をぐっと腹の底に注ぎ込んだ。パチパチとした炭酸が喉をすり抜けていく。
 やってみれば、禁酒も禁煙も簡単じゃないか。おれはやればできる子だ。
 残る誓いは禁ギャンブルか。
 ギャンブルからは完全に足を洗う。そもそも、ギャンブルなんて子供の遊びだ。チンケなお金を賭けて、勝った負けたと騒ぐのはバカらしい。
 大人がたしなむのは投資だ。株式にFXに先物投資。最近はネット環境が整備されて、美術品や切手など素人には手を出しにくかった分野にも気軽に参加できる。
 投資は、自分がよく知る分野に注ぎ込むのが鉄則だ。素人が玄人に戦いを挑んではいけない。
 こうしておれはギャンブルから足を洗い、投資に力を注ぐことに決めた。もちろん、自分が良く知る競馬という分野に。
 あとは一週間、誓いを守るだけだ。
 月曜日が終わり、火曜日になった。水曜日に禁断症状が出たが、なんとか水と料理酒とアロマと競馬投資で我慢する。
 木曜日になると先が見えてくる。金曜日を迎えたころには自信がでてきた。
 そして、ついに土曜日も乗り越え、日曜日の夜になった。あともう少しで、時計の針が0時を越える。
 ついに一週間。たかが一週間。だが、自分にとって、どれほどまでに長く、辛い一週間だったか。
 時計の針が0時を越えた瞬間に、おれは彼女に連絡した。そして、誓い守ったことを伝える。
「ありがとう。ここまで頑張れたのも、レナのおかげだよ」
「本当に? いまから確かめに行くから、そのままの状態で待ってて」
 レナはおれが止めるのも聞かずに、部屋まで押しかけてきた。荒れ放題の部屋を見て、レナが呆れる。
「この空き缶の山は何よ。さらに、馬だらけの雑誌まで山積みになって」
 おれは一生懸命言い訳する。
「好きなことを我慢するには、代替品が必要なんだよ。ビールの代わりに外国産の炭酸水をがぶ飲みして、競馬の代わり一口馬主に投資をして……こいつが将来有望で……」
 レナはおれの言い訳を無視して、アロマの皿の焦げかすを指につけて、匂いを嗅ぐ。
「これ大麻じゃない。妙な匂いの原因はこれだったのね。辛うじて認めていいのは炭酸水だけど、これも高い輸入物はやめて国内産にしなさい。あとは全部禁止よ」
 レナは紙にでかでかと「禁大麻、禁輸入炭酸水、禁一口馬主」と書いて、壁に貼り付けた。
 おれの部屋は、この手の禁止事項で埋まりつつある。禁寝坊、禁徹夜、禁浮気、禁万年床、禁朝食抜き、禁課金、禁煙草、禁酒、禁ギャンブル、禁大麻、禁輸入炭酸水、禁一口馬主、さらに……。
(了)