第28回「小説でもどうぞ」佳作 風が吹く時 獏太郎
第28回結果発表
課 題
誓い
※応募数272編
風が吹く時
漠太郎
漠太郎
大量の廃品を載せたトラックが、街はずれの集積所にひっきりなしにやって来る。轟音と共に、廃品はトラックから滑り落ち、大きな山を作ってゆく。住宅街にも近く、学校や公園もある。それでもお構いなしに、毎日作業は続く。豊かさを追い求めた結果が、大量消費、そして大量廃棄を生んでいる。壊れたら、また買えばいい。そんな時代の話だ。
トラックが作る山から少し離れたところに、一人の老人の姿がある。足を踏み外さないよう、ゆっくりと歩く。目的のモノを見つけると、しゃがんで何やら作業をする。老人が立ち上がった時だった。
「何やってんのぉ~」
少年の声が聞こえた。
老人が振り向くと、少年が近づいて来た。
「危ないから入るなっ!」
老人は叫びながら少年の方へ歩き始めた。少年はあまりの声の大きさにびっくりし、硬直している。
「ここは子供が来るところではない」
「オジサンが何をしてるのか、気になって」
老人は手袋を外し、汚れた作業着のポケットに手を入れて、小瓶を取り出した。
「ここは宝の山だ。貴重な鉱物が取れる」
小瓶の中には、銀色の小さな粒が沢山入っていた。世間では「レアメタル」と呼ばれている。
「あっちで少し話をしようか」
そう言って、老人は近くの公園を指した。ふたりで移動した後、老人は話を始めた。
「信じないだろうがワシは少し未来から来た」
老人はある商売を始めた。手頃な値段で買える、おしゃれな家電を製造していた。商売は右肩上がりに、売れに売れて笑いが止まらなかった。老人は長く使える家電ではなく、そこそこ使えば買い替えが必要になるよう、わざと、それなりの製品を作っていた。その結果が、大量消費や大量廃棄を生んだ。お金の山に目がくらんで、廃棄物の山は見えなくなっていた。
「欲に目がくらんで、この国を蝕んでいることに気づけなかった」
そこで老人は決心した。自らを機械化して社会のために貢献するのだと。老人は首の後ろをさすった。すると二本のケーブルが出て来た。家電からレアメタルを探すためのセンサーだ。少年は目を見開いた。
「オジサンは本当に未来から来たんだね」
「そうだ。永遠の命と共に罪滅ぼしに来た」
少年は翌日以降も、老人の話を熱心に聞きに来た。そんなことがひと月ほど続いたある日、少年は老人に手紙を渡した。
「お父さんの仕事の都合で明日引っ越すんだ。でもね、オレ決めたよ」
老人は、受け取った手紙を開いた。読み終えて、思わず声が出た。
「坊なら出来る!」
手紙には〈誓いの書〉という言葉が書かれていた。大きくなったら絶対にゴミを出さない研究をする、と。
「そしてオジサンを引退させるよ」
老人は、言葉が出なくなった。
少年は笑顔と共に走り去った。まるで爽やかな春風のような、やさしさをまとっていた。それでいて砂漠を吹き抜ける熱風のような、力強さも感じた。
老人は背後に、人の気配を感じた。ゆっくりと振り向く。
「あんたが来たということは、歴史が変わったんだな」
老人の目の前には、サングラスにスーツの男が立っていた。
「その通りだ。だからあなたにも消えてもらわねばならない」
「待っていたよ、あんたのことを」
男はポケットから、小型の拳銃を取り出した。老人は全く動じない。
「武士の情けだ。最後に歴史がどう変わったのか、教えてくれないか」
「あなたの過去であるあの少年は、人一倍努力をして科学者になった。そして様々な分野で完全循環社会を構築した」
「オレは自分の過去を変えて罪滅ぼしをしようと誓った。だから、この時代のオレに会いに来た。よかった」
男が、銃口を老人のこめかみに押し付けた。
「私もこんなことはしたくないが、あなたは未来の世界では存在しない。歴史パトロール隊としての任務だ。許されよ」
乾いた音の後に、老人は倒れた。老人が最後に見た景色は、傾く目の前の景色ではなく、変わった未来のそれだった。そして日々研究に明け暮れる、立派な大人になったあの少年の姿だった。
「これでいい……」
老人の体が、砂のように砕けていった。どこからともなく吹いてきた風に吹かれて、老人は姿を消していった。
(了)