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第28回「小説でもどうぞ」選外佳作 シュラバダバ 諸井佳文

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第28回結果発表
課 題

誓い

※応募数272編
選外佳作 
シュラバダバ 諸井佳文

 菜穂子と桃は駅で一緒になった。ふたりは漫画家アシスタントの仕事をしている。プロデビューを目指しているが、道は険しい。三十歳の誕生日が近づき、世間の目が厳しくなっている。雑誌編集者と会って、作品を見てもらっているが、なかなかいい評価はもらえない。それでも専属でアシスタントが出来ているのは幸せだと自分を慰めている。
「また修羅場だね」
「今度こそアブナイかもしれない」
「だいじょうぶでしょう、多分。いつもどおりよ」
 白いマンションの一室に向かう。チーフアシスタントの早苗はすでに仕事場に入っていて、菜穂子と桃を出迎えた。
「いらっしゃい。菜穂子ちゃんはとりあえずこのコマ描いて。住宅街。夕方。これ、資料の写真。桃ちゃん、頼んでおいた渋谷の交差点の背景は出来ている?」
 早苗の様子から今回の切羽詰まった状況がうかがえた。
 女流漫画家の萬所まんどころべにあは机に向かってペンを走らせていた。高校生のときに少女漫画でデビューしたが、今はレディースコミック誌を中心に活動している中堅だ。
 アシスタント全員はいつもながら思うのだが、もう少し早く仕事に取りかかって欲しい。いつもギリギリだ。桃は早苗にこっそり聞いてみた。
「今回は何ページなんですか?」
「四十八ページ」
 菜穂子と桃はため息をつく。今の段階で出来上がっているページは残念ながら、ない。
「発売日っていつでしたっけ?」
「一週間後……」
 絶望的な気分と戦いながら、菜穂子と桃はペンタブレットを立ち上げる。アシスタントたちはデジタルだが、べにあはペン入れまではアナログで、仕上げは菜穂子たちがデジタルで処理する。スキャナで取り込んでいるべにあの線描はいつもながら美しいと菜穂子は見惚れる。仕事場にはべにあの好きなジェイムズ・ブレイクの曲が流れている。桃はもっとアッパーな曲を流してくれと注文しているが、べにあは意に介さない。
「わたし、妊娠したの」
 修羅場に爆弾が投げ入れられた。皆の手が止まった。
「マジすか?」
 べにあはペンを走らせながら淡々と語る。
「予定日は六月上旬だって。産むつもりだからよろしく」
「産むって、相手は? 結婚は?」
「手は動かすように。結婚はしない。ふたりとも結婚する気はなかったから」
 菜穂子はおそるおそる聞いてみた。
「……編集の奥脇さんですか?」
 べにあは無言だった。奥脇は雑誌ガーデニアの編集で、べにあの担当だ。気が合うのかよく一緒に食事に行っているようだった。アシスタントたちは騒然となった。
「あのひと、まだ二十代じゃないですか? 先生って……五十代? すごい高齢出産じゃないですか!」
「まだ四十九歳です! 失礼な! でもわたしも妊娠するとは思ってなかったから驚いたけど……。閉経したのかと思ったわよ……。はい! 仕事して! 桃ちゃん、ここ、都庁の遠景」
「やめてよ、先生。こんな切羽詰まったときにそんなモノ描かせるの」
「ストーリー上必要なんです。写真を加工していいから、ちゃちゃっとやっちゃって」
「自分はデジタル出来ないからって、軽く言わないでよ」
「……今回の作品、描き終えたらデジタル教えてよ、桃ちゃん」
 アシスタント達はべにあの声に重い決意を感じた。
「本気っすか?」
「本気です。お腹の子が二十歳はたちになるまでばりばり働いている漫画家にならなきゃならないの。あたし、誓ったの。この子を絶対に幸せにするって。だからデジタルでもなんでも使いこなさなきゃならないの」
 アシスタントたちはなにも言えなかった。仕事場にはジェイムズ・ブレイクの陰鬱な声が響いていた。
「さあ、仕事! みんな手を動かして!」
 今夜は眠らせてもらえなさそうだとみんなは思った。でもべにあのお腹の子には差し障りはないのだろうか? まだ生まれてはいないその子に思いをはせるアシスタントたちだった。
「先生。お腹の子の性別は?」
「男の子。仕事してね、桃ちゃん」
「名前はなにがいいかな? 『流星』?」
 今夜は楽しい修羅場になりそうだった。
(了)