「おもしろい」の条件2:設定とシーンによるおもしろさ
組み合わせの妙
「興味がわく。好奇心がかきたてられる」ものには、必ずどこかに「新しさ」があります。
たとえば、今年の本屋大賞にランクインした小説を見ると、三浦しをんの『舟を編む』は辞書編纂の編集者が『大渡海』という辞書を完成させるまでの話。三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』は鎌倉の古本屋の店主、栞子さんが古本を巡る謎を鮮やかに解いていくミステリー。
辞書も古書店もそれ自体は驚くようなものではありませんが、こうした設定の小説はありそうでなかったものです。
もちろん、これらは前例がなかったから新しいのであって、今、辞書編纂の話や古書ミステリーを書いても、真似とは言われても新しいとは言われません。
だから書き手は常に新しい素材を提供していかなければいけないわけですが、一度使ったテーマや設定が二度、三度と使えないわけではなく、やりようによっては何度でも使えます。
たとえば、三角関係という設定は古今東西の小説の中に無数にありますが、これは二番煎じとは違います。二番煎じはヒット作のテーマや設定をそのまま踏襲したものですが、そうでないものは「新しい」と思えるような見せ方をしているはずです。具体的に言えば、組み合わせですね。
たとえば、刑事と言えば刑事コロンボのようなくたびれた中年男性か、フィリップ・マーロウのようなハードボイルドな私立探偵を思い出しますが、東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』では、主人公の宝生麗子は国立署の新米刑事、しかし、その実体は宝生グループ総帥の一人娘で、正真正銘のお嬢様となっています。「刑事」も「お嬢様」も珍しくありませんが、組み合わせると目新しくなるわけです。
斬新さを支えるリアリティー
設定やあらすじを読んだだけで「おもしろい」と思えるというのは重要ですが、それだけでは済みません。設定が斬新であればあるほど、それを支えるものが必要になってきます。それはリアリティーです。
隆慶一郎の『影武者徳川家康』は、家康は関ヶ原の戦いで暗殺され、以降は影武者と入れ替わっていたという設定の時代小説です。
このような歴史IFを考えること自体は簡単です。しかし、思いつきだけですぐに書けるかと言うと、そう簡単にはいきません。「もしかすると家康は本当に影武者だったかもしれないな。いや、その可能性は大きいぞ」と読者がすっかり騙されてしまうようなリアリティーが必要ですね。
では、どうしたらリアリティーが出るでしょうか。
彼女の視線は『論理学入門』の一番最後のページから動かなかった。新刊案内を覆うように、紙のラベルのようなものが貼られている。右端に「私本閲読許可証」と印刷されていて、(中略)
「なんなんですか、これ」
図書館の貸し出しカード、ではなさそうだ。「私本」とか「舎房」とか、なじみのない表現が引っかかる。(中略)
「刑務所の図書館などから、受刑者に貸し出される本を『官本』、受刑者が私物として持っている本のことを『私本』というんですが……これは、『私本』に貼られる許可証のことです」(中略)
「あの人、刑務所にいたってことですか?」(三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』一巻 第三話より)
三上延さんは、実際に「私本閲読許可証」の貼られた古本を見たことがあるのでしょう。このようなディテールが書かれていると、事実である細部に引っ張られて、本来は虚構である小説の世界まで現実であるかのように錯覚します。そのように感じさせる筆力も「おもしろさ」を支えるもののひとつです。
代表的な面白いシーン
次に、見せ場について。柏田道夫著『シナリオの書き方』には以下の12の見せ場が挙げられています。
- 出会い
- 別れ
- ラブシーン
- アクションシーン
- スペクタクルシーン
- 美しい情景、人物など
- 対立、葛藤、ケンカ、勝負
- 危機、サスペンス、スリル
- ショック、恐怖、残虐シーン
- ミステリー、秘密、謎の掲示と暴露
- 未知の世界、情報
- よく知っている世界、状況
「出会い」は物語の発端ですね。その後の展開にも繋がる印象的な場面です。
「別れ」は失恋、離散、死別など。「ラブシーン」はキスシーンやベッドシーン。
「アクションシーン」は行動、躍動しているシーンで、「ラブシーン」と連動していることも多々あります。
「スペクタクルシーン」は合戦や大災害など大がかりのシーン。「美しい情景、人物など」は説明不要ですね。
「対立、葛藤」は物語に必須の要素です。
主人公には目的があって、その実現に向けてストーリーは進行しますが、なんの障害もないのでは読者は拍子抜けしてしまいます。そこで、いいところでライバルが現れたり、板ばさみになって前に進めなかったりします。「ケンカ、勝負」は「対立、葛藤」のアクション版。
「危機・サスペンス・スリル」は追い詰められた危機的状況。また、不倫相手と密会中、隣の席に配偶者が! バレる!という心理サスペンスもあります。
「ショック、恐怖、残虐シーン」はホラーや怪談のシーン。
「ミステリー、秘密、謎の掲示と暴露」は推理小説の手法ですね。最初に謎を提示し、それに対する興味を餌に読者を引き込んでいきます。
「未知の世界、情報」は普通は知り得ない世界を描いたシーン。それは『ジェノサイド』(高野和明)の創薬、傭兵といったような世界であることもありますし、『舟を編む』のような日常のほんの少し先の世界という場合もあります。
「よく知っている世界、状況」は有名な場所やなじみの場所など「行ったことある」「よく行く」というところ。なじみの場所や世界に主人公が行くと、読者は自分も同じ場所に立っているような錯覚を覚えてうれしくなるというわけです。
あとは、これらの見せ場を配置していく。起でアクション、結果、主人公は窮地に追い込まれて葛藤……など随所に見せ場を設け、読者を飽きさせずに結末まで連れていきましょう。
おもしろい展開と構成
話の展開は、ちょっとした工夫でメリハリがつきます。
「アンチ」は反対という意味ですが、最終的に結ばれる二人であれば、出会ったときは対立しているとか、結末がハッピーエンドなら、最初は貧しく不幸な状況にするとか。
「コメディ・リリーフ」はちょっと息が抜ける場面。何者かに追われるような場面はハラハラ、ドキドキですが、一本調子では抑揚がありません。そこでいったん逃げおおせて一息。冗談のひとつも出る……という場面を作ったりします。
「外し」は、一瞬予想外の展開にすること。たとえば、父親が入院と聞いて駆けつけると、顔に白布がかけられた男性が! 間に合わなかったかとくず折れると、背後から父親に「おう、どうした」と声をかけられる。あるいは、最終列車で帰る彼女を追いかけたが、駅に着くとすでに電車が動き出している。誰もいないホームで呆然としていると柱の陰から彼女が現れる、といった展開です。
最後は「複合シーン」。柏田道夫先生の『シナリオの書き方』には、以下のような図があります。
図1は、五つのシーンが独立しており、相互関係はありません。いわゆる段取り芝居です。シンプルで分かりやすいという利点はありますが、これでは退屈で単調な話になりそうです。
図2のほうは、「あとのシーン展開への橋渡しをする要素を入れる」という意識で構成されています。小道具として定期券を入れ、再会の際にCがBに「メモを渡す」ことで次の居酒屋への伏線となっています。最後にAがBを追いかけるのも「定期券を返す」という行為が加わることで必然的になっています。
※本記事は「公募ガイド2012年11月号」の記事を再掲載したものです。