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第29回「小説でもどうぞ」選外佳作 かさぶた 岡本武士

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
第29回結果発表
課 題

※応募数288編
選外佳作 

かさぶた 
岡本武士

「ねえ、そうやって頭を掻いているのって、癖?」
「違うよ、なんかこう、痒くて。そう、できものがあるんだ」
 彼女がふと、ファーストフードでハンバーガーをほおばっていると、そう聞いてきた。
 自分でもよく頭を掻いていると思う。
 だからちょっと驚いたけど、ばれないように気を付けていただけに、やっぱり無理だったかと、ついついやってしまう仕草の怖さを感じていた。
「癖ね」
「まあ」
「だって、何か指先に引っ掛かりを見つけるまで指をごそごそしているわよ」
 おお、そう。かりかりと引きはがすかさぶたを探しているのはいつもだった。
「よく見ているね」
「上の空だし、何か見つけた時の喜びが顔にでているわよ」
「なんかね、こう、気持ちいいんだ」
「快楽ね」
 とても的確な一言だけど、そこまで意識してかきかきしているわけではないので、ちょっと反論したくもなる。
「義務だね」
「何のための?」
 彼女の目がちょっと座った。
 戦闘態勢だ。
「剥がしてほしいから、そこにあるんだ」
「かさぶたは、剥がしてはいけないのよ」
「え、そうなの?」
「かさぶたの下は、一所懸命、再生しているのよ」
「じゃあ、剥がしてしまうと、その再生をじゃましているってこと?」
 彼女が大きくうなずく。
「あなたは、体の、敵なの」
「指先に引っ掛かると、少し浮き上がるんだよ。もう剥がしてって」
 僕にもう戦意はない。
「もう一度、そこにさぶたができることが不思議に思わなかったの?」
「思わないよ」
「そこが再生工場なのよ」
「でも、ある、じゃない」
「だから、そこに、再生のツボがあるのよ」
「もっとおしとやかに、静かにできないかな?」
「できない」
「だれの代弁なんだい」
「頑張っている、傷の」
「でも、ぽろっとはがれるだろう?」
「それまで待つの」
「実が熟すように?」
「そう」
「実は、得られるけど、傷は得られないよ」
「体の希望は、何かを得るのではないく、元に戻ること」
「たしかにね」
「元に戻ることが、何よりも大切で、そのためには、かさぶたという一種の欲望を示して、それでも耐えることの大切さを示してくれているのよ」
「だとしたら、かさぶたは、愛だね」
「試練を与えてくれる、ね」
「もっと、軽い試練がよかった」
「そういいつつ、頭を掻いているわよ」
「僕は、反逆児なんだ」
「でも、そこが、治らなくても、いいの?」
「いつかは治るだろう?」
「時間がかかれば、手遅れになるわよ」
「何の?」
「再生の。そして、そこの細胞が死滅するの」
「死滅するとどうなるの?」
 僕はうすうす感づき始めている。
「死滅すれば、そこは、ただの皮膚」
「それが頭ということは?」
「言わないとだめ?」
「お願い」
「はげるわよ」
 僕はゆっくりと手を下ろして、そこをゆっくりと撫でていた。
 彼女が、ゆっくりと、珈琲をすすっている前で。
(了)