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第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 弾ける 町田鶯

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第10回結果発表
課 題

さだめ

※応募数276編
 弾ける 
町田鶯

 コツン、と小石を蹴飛ばす。
 ただそこに落ちていたからで、特に意味はない。
 コロコロと転がる小石は弧を描き、歩道の外へ飛び出した。
 時刻は十八時。道路は退勤ラッシュで慌ただしい。
 こんな道路に出ればひとたまりもあるまい。
 僕は、小石の迎える結末を想像した。
 パワースポットとして人々から崇められる石もあれば、こうやって都会の道路で轢かれ、無惨にも木端微塵になる石もある。
 ぱんッ!
 破裂音と共に小石は弾け飛び、アスファルトには乳白色の跡だけが残っていた。
 内臓も血液もない無機物。
 もしあれが人だったら……。
 嫌な想像が膨らむ前に思考を断ち切った僕は、早足でその場を後にした。
 祖母の訃報が届いたのは、その晩だった。
 久しぶりに会う祖母の体は枯れ木の様にやせ細り、落ち窪んだ目を静かに閉じて眠っていた。
 祖母の布団に顔を埋め号泣する母と、その背中をさする父。正月にしか顔を合わせない親戚がベッドを囲い、沈痛の表情を浮かべていた。東京に住んでいる従妹も帰ってくるらしい。
 重苦しい空気が苦手だった僕は、廊下のベンチに腰掛けスマホを弄りながら気を紛らわせることにした。
 愛されていたんだな。
 少しだけ、祖母が羨ましい。
 僕が死んだとき、誰か悲しんでくれるだろうか。
『孤独死』という言葉が頭を過る。
 考えすぎてしまうのが、僕の悪い癖だ。
 自分の死に方など、今気にしたところでどうにもなりやしない。死ぬときは死ぬ。それが答えだ。
 スマートフォンを見ると推しが配信をしていたので、僕はそれで時間を潰すことにした。
 いつも通りの面白い配信だったのだが、唐突にチャット欄がざわつき始めた。
『揺れてね?』
『地震⁉』
『配信見てる場合じゃねぇ!』
『みんな逃げて!』
 コメント欄の流れが一気に早くなる。
 どこかで地震が起きたらしい。
 正直、日本に住んでいれば地震のニュースくらいで驚きは──。
 完全に気を抜いていた僕の体が、左右に激しく揺さぶられる。
 今までに経験したことない大きな揺れで、僕は立っていることもできず、その場にしゃがみ込む。
 嫌だ、死にたくない。
 命の危険を感じた。
 僕の願いも虚しく、廊下の照明が壊れ、壁にはヒビが入り、病院は今にも倒壊しそうだった。
 僕は何とかベンチの下に体を滑り込ませる。その直後、目の前に大きな瓦礫が落下してきた。
 間一髪だった。
 僕は、狭くて暗いベンチの下に閉じ込められた。
 絶望に打ちひしがれていた僕だったが、二日後、奇跡的に救出された。
 病院で生き残ったのは僕一人。
 こっちに来るはずだった従妹とは連絡が取れず、安否不明だった。
 心身の消耗はあったが、幸いにも大きな外傷はなく、入院から二週間後には問題なく体を動かすことができた。
 僕は地元の復興ボランティア参加することにした。真夏の容赦ない日差しが僕を襲い、全身から滝のように汗が滲み出る。
 僕は生き残った意味を自身に問うていた。
 不思議と後ろ向きの感情は少なく、むしろ前向きな感情の方が大きかった。生き残ったことによる、一種の興奮状態なのかもしれないが、それならそれで結構。死を引きずり、死んだように生きていくよりかはマシだ。
 人はいずれ死ぬ。
 早いか遅いかの違いでしかないのだ。
 僕は分別された瓦礫を持ち、立ち上がった。
 この街の復興にもまだまだ人手が必要なのだ。
 とはいっても、撤去作業はなかなかの重労働で、足腰にも疲労がたまりつつあった。
 目的地まであと少しのところで、僕は足がもつれ転倒した。
 前のめりに倒れた僕の目に飛び込んで来たのは、泥にまみれたタイヤだった。
「あっ」
 間に合わない。直感でそう感じた。
 狙いすましたかのように頭めがけて迫るそれを、僕は凝視する。
 あー。せっかく助かった命なのに、もったいな──。
 ぱんッ!
 破裂音が鳴り、地面には赤いシミがジワリと広がった。
(了)