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第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 団結家族 村木志乃介

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第10回結果発表
課 題

さだめ

※応募数276編
選外佳作
 団結家族 村木志乃介

「今日はここにしましょうよ」
 母が茣蓙ござを敷いた場所は駅のロータリーだ。
「よし、それならここに置いとこう」
 その茣蓙のまえにお椀を置いたのは父だ。父はキョロキョロと周囲を見渡すと、茣蓙をめくる。母は父を隠すように衝立を置いた。
「真奈美はこっちだよ」
 僕はようやく歩けるようになった妹の手を引いた。裸足の妹は僕の手に体重を預けるようにしてぎこちなく歩いた。そんな僕たちを見て、母は満足そうに頷くと声を張った。
「寄ってらっしゃい。見てらっしゃい」
 母の声は大陸間を弾道するミサイルのようによく通る。ロータリーを歩く人たちが一斉に足を止めた。母は大きな体を揺らし、さらにビリビリと声を張る。
「ここにいる少年と少女は茣蓙の上で……をやります。ぜひ見て行ってください。そして、よかったらお椀に投げ銭をお願いします」
 なにをやるのか、肝心なところで母は声を落とす。妹は紙パンツが見えるワンピース姿で僕の周りを無邪気に飛び跳ねる。まだ一歳だというのに早くも視線を集めるテクニックを駆使している。将来がヤバい。
「ほら、さっさとおやり」
 母からの合図で僕は深々と頭を下げた。
「僕は小学六年生です。妹は一歳です。いまから妹を消して見せます。とくとご覧あれ」
「おいおいおい。なにを見せるんだって? もっぺん言ってくれや」
 パンチパーマに尖った眼鏡を掛けたおっさんが僕を上から睨みつけながら言った。強面でまるでヤクザのような風体だけど、じつは彼はサクラだ。彼はお父さんの弟。つまりおじさんだ。おじさんは、会場に臨場感と緊張感をもたらすために存在している。
「おい。聞こえるようにもっぺん言ってみろ」
 さらにおじさんが凄んでくるので、通りがかった人は何事かと足を止める。あたりに人だかりができたところで、僕は口を開く。
「いまから僕は、妹の真奈美を、みなさんの目の前で消して見せます」
 妹を消す。もちろんそんなこと僕にできるわけない。だけど、家族が生き延びるためだ。なんだってやらないと。大柄な母がそそくさとすだれを持ってきて、僕と妹の前にさっと翳す。これで僕たちは後ろに衝立、前にすだれと完全に周囲から姿が見えなくなった。
「いいですか。消えますよ」
 母の声が響き渡る。
「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・あら? なんだったっけ?」
 わざとらしくボケる母の声を聞きながら、僕は急いで茣蓙をめくる。その下にはマンホールの蓋がある。僕がコンコンと叩くと、ギィっと重たそうに蓋が開いた。
「おい。急げ」
 ボサボサ頭の父がヒョロヒョロと細長い腕を伸ばす。ぽきんと折れそうなぐらい貧弱だけど、それでも一歳の妹ぐらいなら抱ける。
 父は妹を抱くと、マンホールの蓋を閉めた。僕は急いで茣蓙をもとに戻す。
「そうそうシックス。もういやだわ。最近、忘れっぽくて。セブン・エイト・ナイン」
 最後に、テ~ンと声を張りながら、母はすだれを取り払った。
「きゃーっ。真奈美ちゃんはどこ? どこに行ったの? あら不思議。消えちゃった」
 母が驚いた顔をして、周りを見回す。
「インチキだ。茣蓙をめくってみろ」
 周りで見ていた観客の一人が声を上げた。
「どれ、俺が見てやる」と言って、おじさんが衝立を背に茣蓙をめくる。「おい、嘘だろ。マジか。信じられねえ。本当に消えてるぞ。おい、ぼうず。どうやったんだ。すげえじゃねえか。こいつはご褒美あげねえとな。なにがほしい? ほしいものあんのか?」
 おじさんがわめき散らす。おじさんの演技は板についている。
「お金でしょ? お金がいいよね。それがご褒美だよね。ここに入れてもらう?」
 母がお椀を指さし、僕を振り返る。僕は人前で嘘を吐くのは苦手だ。緊張して固まっていると、おじさんが母の話を引き継ぐ。言ってもない言葉を繰り返す。
「金だと? ぼうずはそう言ったのか。このお椀に入れたらいいんだな。いくらだ? いくらでもいいから入れてくれだと。おい、おまえら、いまの話を聞いたろ。さっさとここに金を入れろ。このぼうずが、すごいことやったんだ。無料ただで見てんじゃねえぞ」
 おじさんは強引なぐらい話をお金に持って行く。周りで見ていた人たちはビビりながら財布を開ける。チャリンとお椀が音を立てた。
 生きるためには人を騙す。これが、僕が生まれた瞬間ときから背負ったさだめ。僕たち家族は生まれながらに団結して生きている。マンホールから張り巡らされる地下の暗いところで、僕たちは、いつか地上での生活を夢見て、今日もまたミミズのように生きている。
(了)