第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 最後の1人 しょうも
第10回結果発表
課 題
さだめ
※応募数276編
選外佳作
最後の1人 しょうも
最後の1人 しょうも
僕にはなぜかいまだに友だちがいない。そのことに僕は五十年間悩み続けてきた。その理由が知りたかった。周りの人にその悩みを相談しても、たいてい、下らないことで悩むなよと諭される。その人は、自然に友だちができる人なのか、友だちに拘らない人なのか、はたまた、諦めている人なのか、わからない。そのわからなさが、さらに、僕を苦しめた。
僕は、誠実な人間だと自負している。なのに僕には友だちがいない。生真面目な人間は嫌われる時代なのかもしれない。あるいは、人間的魅力がないのだろうか。自身なげな言動が、さらに友だちを遠ざける負のスパイラルに陥っているのかもしれない。
四の五の言わずに、行動することが重要だ。サークルにでも入って、人と接してみるのが一番だと思った。時に、突拍子もないことを思いつくことが僕の特徴だ。『考える会』というのがあるのをネットで見つけた。
それは、あるテーマについて、毎回、意見を述べ合うというものだった。今回のテーマは、奇しくも、『友だち』だった。
僕はわくわくして参加した。会合は、十数人の老若男女が参加するというこぢんまりとしたものだった。
主催者は、三十歳前後で、声がよく通り、リーダーシップのありそうな男性だった。
「告知していましたとおり、本日は『友だち』について考えます。ウィキペディアによると、『勤務、学校あるいは志、お金などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。友人のこと。』とあります。それでは、ご意見をご自由にどうぞ」
眼鏡をかけた中年男性が口火を切った。痩せて、気難しそうな顔をしていた。
「友だちの定義は人によって異なるので、この会では、会話が噛み合わないことになると思います」
なるほど。友だち観というのは多様なグラディエーションがあるのだから、意見を出し合っても、実りがないと言いたいらしい。
「友だちは必要だろうかとか悩んだり、友だちがいないのを嘆いたりして友だちというものに拘るのは、無意味だと思います。そして、私はそういう人に弱さを感じます」
そう言ったのは、ショートカットで、鼻筋が通っているボーイッシュな女性だった。彼女に言わせると、それは下らない悩みであり、甘えだと感じるらしい。人間は所詮一人なのだから、一人で生きるくらいの気概を持つべきだと言いたいのだろう。僕に顔を向けていなかったけれど、僕がそういう人間だということを見抜いているつもりだろう。彼女の言葉はグサッと僕の胸に突き刺さった。
「僕には十数人の友だちがいます。彼らとは、しょっちゅう飲んでいます。友だちのいない毎日は僕には考えられません」
友だちが自然にできて、そういったコメントをさり気なく言える人が羨ましい。彼は、小太り気味で、大学生という感じだった。彼の言うとおり、友だちのいない人生は寂しいのだ。だから、僕は長年悩み続けていて、ここに来たのだ。
「ここに来て、友だちを見つけようとするのはナンセンスだと思います」
また、ボーイッシュな彼女が言った。彼女には友だちがいるのだろうか。
「私には友だちがいます」彼女には読唇術があるのだろうか。「といっても、固定しているわけではありません。私自身も日々変化していて、そのつど、その年代の私にフィットした友だちができるということです」
「でも、友だち観というのは、人それぞれなのだから、友だちがいないようにみえても、それはそれで一つの生き方だと思います」
友だちの多い青年が言った。やさしい人なのだ。何だか慰められているように感じた。
「おはようマル! おはようスマイル! みんなおはよう!」
いつもどおり僕は柵の向こうのチンパンジーたちに朝の挨拶をした。いつもどおりマルは歯をむき出してニッと笑った。スマイルもいつもと同じ心配そうな顔でこっちを見ている。スマイルはスマイルって名前なのに、笑ったとこを見たことがない。
動物たちの世話が終わると昼過ぎになっていた。僕とパパはこの動物園に二人で暮らしている。パパは病気で寝てるから僕一人で全部やらなくちゃならない。他に頼れる人はいない。だってこの世界に人間は、僕とパパの二人しかいないから。
僕が生まれて間もないころ怖い病気がはやって、みんな死んじゃった。パパはその病気にかからない耐性を偶然持っていたから生き残った。僕もパパの子だから平気だったみたい。でもパパと僕以外、誰も耐性を持ってなかった。
だからパパが病気なのがたまらなく怖い。昨日は一晩中咳き込んで苦しそうだった。熱もずっと下がらない。もしパパが死んじゃったら僕は独りぼっちになってしまう。
「パパはもう長くない。今から大事な話をするからよく聞きくんだよ。最後の1人として――」
ある晩、急にパパがそう切り出したから、驚いて僕は口をはさんだ。
「パパ、死んじゃ嫌だ! 僕、最後の一人になるなんて耐えられないよ!」
「ふむ、どこから話すべきか……」
パパは何かぶつぶつ言ってたかと思うと、ママの写真を指さして話しを続けた。
「この人は実はお前のママじゃない。本当のママは別にいる」
僕の頭を、ある予感がよぎった。
「僕のママはどこかで生きてるの⁉」
パパは、ふいに目をそらした。僕の予感は確信に変わった。
「……そのとおりだ」
「本当のママは誰? どこにいるの?」
「お前のママは、……チンパンジーのスマイルだ」
苦しそうな顔でパパは言った。ふざけてる様子じゃない。僕は心配そうな表情のスマイルを思い出した。
「いつも心配そうにしてたのは……」
「うむ。母性だろう。お前のことを気に掛けているのに違いない」
「え、ちょっと待って。てことはパパはその、スマイルと交――」
「そんなことは断じてない!」
さっきまで土気色だった顔を真っ赤にして、パパは僕の言葉をさえぎった。
「少し難しい話になるが聞きなさい。人類を絶滅させたウイルスのことは何度も話したね。実はあれはパパの研究施設で遺伝子操作によって作ったウイルスなんだ。元のウイルスは鳥から鳥に感染するんだが、人に対する感染力が極めて強くなるように変えた。人から人へも強い感染力を持つ。感染者の致死率は100%だ。そのウイルスが施設の外にもれてしまった。パパだけは開発中のワクチンを打っていたので助かったが、他の人はみんな死んでしまった」
「どうしてそんなひどいものを作ったの?」
「生物兵器としてだ。いつの時代も人は人を殺す方法を一生懸命考えてきたんだよ」
「それで僕のママは?」
「おお、そうだった。この世界に再び人類を復活させようとパパは決めた。簡単に説明すると、チンパンジーの遺伝子から、できるだけ“猿っぽさ”を排除し、パパの遺伝子と組み合わせ、それをスマイルのおなかの中で育てた。そして生まれたのがお前だ」
「僕は人類じゃないの?」
「見た目は同じだが別物だ。くそっ、iPS細胞の研究がうまくいけば完璧な人類を復元できるのに、俺にはもう時間がない……」
僕は人類じゃない。僕の動揺をよそにパパはしゃべり続けた。
「今この動物園の雌のチンパンジーはみんな妊娠している。冷凍保存していた他の人間の遺伝子を使った、お前と同じタイプの赤ちゃんが、うまくいけば七人生まれてくる。成長したら、みんなでパパの研究を続けてほしい。資料はパパの研究室にある。そしていつの日か完璧な人類で再び地球を満たしてほしい。これは人類最後の一人であるパパの使命なんだ」
「パパ、一つ聞いていい?」
「もちろん。人類復活のためなら、パパは何でもお前に教えよう」
「パパは僕のことを愛しているの?」
少し間を置いて、パパは答えた。
「当たり前じゃないか」
それから何日かして最後の一人は死んだ。
泣いている僕を見て、あやそうと思ったのか、スマイルが初めてニッと笑いかけてきた。そうだ、悲しんでいる暇はない。これから生まれてくる仲間たちを立派に育てなければ。そしてさらに仲間を増やして、人類のいない僕たちだけの楽園をつくろう。これは最初の一人である僕の使命だ。
「ありがとうママ。僕はもう平気だよ」
僕もニッと笑った。
(了)