第37回「小説でもどうぞ」佳作 すごそうですごくない少しだけすごい特技 さめしま
第37回結果発表
課 題
すごい
※応募数207編
すごそうですごくない少しすごい特技
さめしま
さめしま
宇宙人に拉致された。いわゆるキャトルミューティレーション。今は謎の空間で拷問を受けている。
「すごそうですごくない少しすごい特技を披露してください」
というのは嘘で、大喜利を強いられている。何故だ。
「地球人への危害は星間条約で禁止されていたはずでは?」
「それ各星の排他的経済宙域内の話じゃないですか。我々カーマンラインの外からあなたを拝借したので。治外法権ってやつですね」
ですねじゃない。悪びれる様子が一切なく、頭が痛くなりそうだ。
「バカンスにド辺境惑星に遊びにきたんですが、想像以上に小さくて。一瞬で観光が終わってしまったんですよ。もう現地人との交流ぐらいしかやることがなく」
「強制的な拉致は交流ではなく拘留では?」
「いえいえそんな。ね、一発見せてくれたらすぐに解放しますから」
今あからさまに解放って言っただろ。監禁の自覚あるじゃないか。
そうは思ったが、何を言おうとのらりくらりと
地球を『小さい』と
ならばさっさと大喜利を終え、穏当に解放してもらったほうがいいだろう。
「わかった。その代わり達成したらすぐ解放してくれよ」
「もちろん! わあ楽しみだなあ、地球人の特技!」
なんだか犬猫のような扱いだが仕方ない。こんなところさっさと脱出してやる。宴会のケンちゃんと呼ばれた私を舐めるなよ。
「指の第一関節だけ曲げてキープできる。しかも全ての指だ。どうかな?」
「……はあ」
思ったより反応が悪い。やはり普通すぎただろうか。
「我々関節という概念がないので……」
「失礼だが、君たちどういう姿を?」
「△×◾️XX@○○^*って感じですね」
星間翻訳機構が機能しなかった。どうも地球にない概念らしい。とりあえず、地球人の関節に由来する特技ではお気に召さないようだ。
「私は耳を自分の意思で動かせるのだが。ほら」
「ええ? 当たり前でしょ?……まさか地球人、まだ不随意筋で身体制御しているんですか!?」
「ええい! マジックだ! 親指取れちゃった!」
「体組織の一部切除なんて赤ん坊でもできるじゃないですか。何がすごいんです?」
だめだ! 宇宙人基準の「すごい」が全然わからない!
これでは「すごそうですごくない少しすごい」なんてギリギリを攻めた特技を連想することもできない。地球人の欠点全てを克服してそうな身体能力を持つ宇宙人相手だし。
安易に見えた解放条件が、高すぎるハードルであることに今更気づいてしまった。
「うーん。まさか地球人の身体機能がここまで後進的だとは……。この猛毒惑星に住んでいるからには凄まじい身体改良をしているものかと」
「猛毒惑星? 地球が?」
「ええ。だって酸素濃度が二割を超えているんでしょう? なんでもかんでも酸化汚染する元素なんて、毒以外の何者でもありませんよ」
私は口をあんぐり開けてしまった。酸素が毒? 私たちはそれがなければ生きていけないのに?
「そうだ、地球のテラフォーミング過程を教えてくれません? あの猛毒元素の濃度をどうにか低下させて今があるんでしょう? その話で解放にしましょう!」
「何も……」
「え?」
「何もしてない。テラフォーミングなんて。私たち地球人は酸素を吸って生きてる」
「えー!?」
ここに来てから一番大きい声だった。宇宙人はかぶりつくような勢いで私を問い詰める。
「酸素を、吸ってる!? あ、酸素を解毒する身体改造を……?」
「いや全く。私たちは生まれた瞬間から酸素を吸ってエネルギーを得ている」
「ええ!? そんなことしたら身体細胞の酸化が進んで機能劣化は防げませんよね!? どう対策してるんですか!?」
「それも何も。体内の酸化は老化で、単なる生命活動の一環だ。私たちは自然に任せてる」
宇宙人は完全に黙りこくった。しばらく沈黙が流れた後、大きな感嘆の声が聞こえてきた。
「すっごーい! 確かにこれは『すごそうですごくない少しすごい特技』ですね!」
「と、特技なのか?」
「特技ですよ! しかもわざわざ身体機能の劣化を招く行為を継続している! この無駄加減、『すごそうですごくない少しすごい特技』に相違ありません! よーし解放です!」
宇宙人の声と同時、体が一気に浮かび上がった。連れてこられたときと同じ摩訶不思議な浮遊感。
「楽しかったです、ありがとうー! 地球の皆さん、これからも『すごそうですごくない少しすごい特技』を大事にね!」
気がつけば私は元の道に戻っていた。歩いていて突然拉致されたときと同じ場所。
体に異常はなく全くの健康体だ。先方の望む『すごそうですごくない少しすごい特技』を見事みせることが出来、五体満足で解放されたのだ。
その特技とやらは、ただの「呼吸」だったのだが……。
「……」
なんだろう、この敗北感は。渾身の一発芸は
「自慢話にも、宴会の話のネタにもならないな……」
宴会のケンちゃんが聞いて呆れる。言い知れぬ侘しさを抱えながらわたしは帰路に着いた。この日の記憶は誰にも話さず、墓場まで持っていくことになるのだろう。
(了)