第37回「小説でもどうぞ」選外佳作 すごい才能 齋藤直規
第37回結果発表
課 題
すごい
※応募数207編
選外佳作
すごい才能 齊藤尚規
すごい才能 齊藤尚規
児童向けの読み聞かせのボランティアに参加して五年。児童の扱いも慣れてきた。
なにしろ、最近の児童はこざかしい。ネットで調べた嫌らしい質問をして、大人を困らせて喜んでいる。なかにはボランティアがまごついている姿を携帯で動画撮影して、ネットに流す児童までいる。
今日の読み聞かせは「桃太郎」だ。参加者の顔をみると、何人かは嫌らしそうな質問をしそうな児童がいる。
けど、それらの質問はパターン化されている。対応策はばっちりだ。経験値が違う。大人を甘く見るな。いまでは質問を楽しみにしているぐらいだ。
読み聞かせは順調に進み、私は桃太郎の本を閉じた。その途端に、手が上がり始める。
「先生、質問があります」
さあ、きたきた。手を上げたのは、小さな女の子だ。「鬼が可哀そう」というたぐいの質問だろう。そう思って心の準備をしていたら、想定外の質問が飛んできた。
「桃太郎はどこで修業したのですか?」
えっ修業?
「だって、桃太郎はたくさんの鬼を倒すほどの剣の達人なんですよね。どこで修業をしたのかなって」
この質問はパターンにない。私が戸惑っていると、隣の男の子が先に答える。
「そんなの言うまでもねえ。両親に決まっているだろ。桃太郎は家族から剣の英才教育を受けたんだよ」
どこからその設定がでてきたのか。私が口をはさむ間もなく、女の子が反論する。
「だって、お爺ちゃんもお婆ちゃんも、普通のひとだよ」
「普通のジジババなら、大事な息子を鬼が島に行かせるわけないだろ。常識で考えろよ」
「そういえば、そうだね」
これで納得するんだ。これが令和の新常識か。そう驚いていたら、今度は部屋の隅にいる男の子が手を挙げた。
「桃太郎に、パワーインフレはないのですか」
「パワーインフレですかぁ?」
初めて聞くワードに、私の声が裏返る。困惑する私を差し置いて、メガネをかけた女の子が説明を始める。
「それって、登場する敵が強くなると同時に主人公も強くなって、パワーに際限がなくなることよね。ちゃんと敵が順番にでてくるじゃない。犬、猿、キジという敵が」
それは敵ではなくて味方……。
「だいたい、動物たちが
なぜ、それでストーリーが繋がると思うのか。私が混乱していると、質問をした男の子が腕を組みながら大きくうなずく。
「言われてみるとその通りだ。鬼の手先である犬、猿、キジを倒し、逆に味方にする。これぞ、スパイ映画の黄金パターンだ」
今度はスパイ映画か。もはや私が知っている桃太郎ではない。ついていけない私を蚊帳の外にして、児童同士の会話が続く。
「つまり、桃太郎は両親から剣の修業を受け、鬼の手先である犬、猿、キジを順番に倒してレベルアップする話だな」
「そして、最終目標は鬼が奪った財宝を取り戻すこと」
「それは甘いわよ。財宝はミスディレクションで、本当はもっと大切なものが隠されているはず。だからこそ、両親が桃太郎に鬼ヶ島に潜入という秘密指令を出したのよ」
「読めてきたぞ。桃太郎は国中から集められた児童のうち特に優れたスーパー児童で、彼を密かに修業させるために、桃に入れてジジババの元に送り込まれたのだ」
「つまり、ジジババの正体は伝説の剣士で、殿様の意を受けた二人は桃太郎に英才教育を施した。そして桃太郎は三匹の獣を倒すことでパワーアップし、鬼が島の財宝に隠された秘密文書の奪取を目指す」
「時代設定は江戸だろ? その秘密文書の内容は幕府転覆か、天皇打破か、外国勢力の引き入れか」
「鬼たちはテロ組織の暗喩だろうな。彼らは絵本の形にして、テロ組織撲滅の
「なぜ隠す必要があったのさ」
「そりゃ、大規模な陰謀があったことを公表されると、困る事情があったのよ。江戸幕府の
「なるほど。お前は頭がいいなあ」
児童たちのアイデアは止まらない。
もしかしたら、ものすごい才能を目の前にしているのではないか。
私はふと、そんなことを思った。
(了)