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第37回「小説でもどうぞ」選外佳作 ホームルーム 嘉島ふみ市

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小説・シナリオ
小説でもどうぞ
第37回結果発表
課 題

すごい

※応募数207編
選外佳作 

ホームルーム 
嘉島ふみ市

 ○○小学校。五年一組、朝のホームルーム。教壇に若い女性の先生が立ち、声を張る。
「はーい、ホームルームを始めます。皆さんが先生の話を聞く耳も持たず、自分の喋りたいことを喋り、自由にうろつき、ルールになんか染まらないという、何にも縛られない姿勢。凄いと思います。素晴らしいと思います」
 先生は手を掲げ、高い位置で拍手をする。
「じゃあ、ホームルームを始めます。まずは、先週一週間、宿題を全くやってこなかった田中君。今日の算数の宿題は、やってきましたか」
「はい、今日もやってません」
「偉い。素晴らしい。皆さん見ましたか。宿題を、やっていないことを微塵みじんも恥じない田中君の、この太々ふてぶてしい態度を。宿題をやらないことで先生からの印象が悪くなることも、学力が低下し勉強が遅れる可能性も一切考慮せず、今、楽することしか考えていない。まさに今を生きている。凄い勇気です。偉い。皆さん、田中君に拍手しましょう」
「ありがとうございまーす」
 教室に拍手があふれる。
「いいですか、皆さん。誹謗ひぼう中傷など絶対にしてはいけませんよ。人間は、素晴らしい生き物です。非難することなどもってのほかです。褒めましょう。では、次、佐々木君。高橋君をいじめていたというのは本当ですか?」
「はい、本当です。高橋君は僕より成績が悪く、運動神経も悪く、顔も悪いので、順列的にどう考えても僕より下なのに、それに気づかないふりをして僕と同等のレベルで喋ろうとしてきたので、自分の順位を理解させてあげるために苛めました」
「なるほど。高橋君に自分の身のほどを知らしめるために苛めたと」
「はい」
「確かに自分の身のほどを知ることは重要ですね。高橋君に、それを教えてあげたという考えは素晴らしいです。凄いです。ただ、高橋君がケガを負ってしまったので、今後、佐々木君は、教育委員会の判断を仰ぐことになると思います。これから佐々木君は、小学校のクラス単位という小さなコミュニティーで順位を競うということが、どれほど無意味なことか知ることができると思います。良かったですね。自分の身のほどを知れますよ。社会の逆風を受け、自分の身のほどを知って、矮小な知見を広げてください」
「はーい」
 教室の、ほんのりとしたざわつきを無視して先生が口を開く。
「ここで、皆さんに話しておかなければいけないことがあります」
 声のトーンがやや低く変わったことで、この先の話が何ら良からぬことであろうことは、生徒にも伝播しているようだった。ざわつきが自然と収まる。
「先生は、今日で学校を辞めることになると思います」
 飛び出た言葉は、生徒の想定を、ほんのちょっと超えたようだった。別種のざわつきが湧く。
「皆さんがご存じの通り、先生は、隣の教室の五年二組の矢野先生と婚約しています。この秋の私の誕生日に、入籍する予定でした。でも」
 言葉の合間で、先生は教室の左端で、うつむいて泣きそうになりながら震えている小柄な女の子に、吐き捨てるような一瞥をくれた。
「でも、矢野先生が、内山さんのお母さんと浮気していることが分かりました」
「先生、ごめんなさい。ごめんなさい」
 泣き叫ぶような返答を無視して、先生は口角を上げただけの笑顔で話し出す。
「内山さんが謝ることではないんです。子供が謝ったってそんなものは意味ないですから。それと皆さん間違えないでください。恋愛は素晴らしいものです。先生の婚約者の矢野先生と内山さんのお母さんは、恋愛をしただけです。障害を乗り越え結ばれた。これは凄いことなんです。でも、ちょっと恋愛のルールを間違えただけ。なので、先生は、今日、内山さんのお家に教師であることを捨てて、一人の女として、話し合いをしに行こうと思っています」
「やめてください。先生、ごめんなさい」
「内山さんは本当に偉いですね。私が家に行くことで、家庭が、めちゃくちゃになるかもしれないということが分かっているんですね。非常に賢いです。安心してください。先生は暴れたり、ののしったりするために行くのではないんです。あくまでも話し合いです」
「本当ですか。話し合いなんですか」
「内山さんは偉いですね。この年齢なのに家族のことを思っている。凄いです。でもね、誹謗中傷もなしの静かな話し合いでも、家庭を粉々にぶっ壊すことはできるんです」
「いやーーー」
「はい、ではホームルームを終わります」
(了)