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第38回「小説でもどうぞ」選外佳作 三つのサプライズ 酔葉了

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小説・シナリオ
小説でもどうぞ
第38回結果発表
課 題

サプライズ!

※応募数263編
選外佳作 

三つのサプライズ 
酔葉了

 妻とは高校三年の時、同じクラスメートだった。しかし、ほとんど会話をした記憶がない。私は女性と話をするのが苦手だった。ただ遠くから「いいな」と見ているだけの存在だった。やがて高校を卒業し、それぞれの道を歩むこととなった。私は大学、彼女は短大。私はすぐにその存在を忘れた。当然、その程度の仲ということだ。
 その道が交わるのはそれから三年後のクラス会の時だった。
「飲んでる?」
 それが妻と最初に交わした言葉だったかもしれない。短大生の彼女は既に卒業し、銀行員となっていた。私は大学三年生。大人びた彼女を見て、息を飲んだ。より綺麗になっていたからだ。しかも話をすると自分が理想としていたような女性でもあった。明るくて、ユーモアがあって、気遣いが出来る楽しい人だった。何より優しい笑顔が素敵だった。彼女がそこにいるだけで明るくなる。会話を捻りださなくても、お互いにどんどんと話題が出てきた。自然体でいられる、気の置けない間柄というのだろう。
 当たり前のように交際に発展していった。社会人の彼女と付き合うことに多少の壁があるだろうと思っていたが、そうでもなかった。行ける場所には一緒に行ったし、一人の時間もお互いに大切にできたことがよかったのかもしれない。
 やがて私も社会人となった。銀行ではなく公務員。違う職種でもお互いに全く気にもせず、付き合いはずっと続いた。
 二十五歳になった時、彼女が言った。
「そろそろ結婚しようか?」
 私は仕事には慣れたがまだ自分に納得していない頃だったので躊躇ためらいはあったが、「いつ納得するの? そんなことを言っている人はいつまでも納得しないよ」と言われ、それもそうだと妙に納得して結婚した。式は海外の教会で二人だけで挙げた。
 結婚生活も順風満帆……のはずだった。想定外だったのは彼女に病気が見つかったこと。乳がんだった。発見は遅く、余命宣告。みるみる痩せていく彼女を見て、私は泣いてばかりの日々を過ごした。
「大丈夫。私が死んだら三つのサプライズを用意しているから。楽しみにしてて」
 そう笑顔で言った彼女は三か月後、この世を去った。私の人生も終わりと思った。が、人間は案外図太いもので、私は生き続けた。
 半年が経った頃、一通の封書がポストに届いた。差出人はなんと彼女。どういうことだ。私は急いで中身を開けた。
「私がいなくなってもう半年。元気にしていますか?――」
 私を心配し、励ます言葉がずっと並んでいる。これがサプライズ? 忘れていた彼女の言葉を思い出す。彼女は亡くなる前にこんな手紙を用意していたというのか。亡くなってもなお優しい彼女に触れて涙が溢れた。
 さらに半年後。今度は小包が届いた。またもや差出人は彼女。ドキドキしながら開けてみる。一枚のDVDだった。少し緊張し、プレイヤーに入れる。彼女の優しい笑顔がアップになった。どこの公園で撮ったのか、日差しが明るい。
「もう一年経ったね。元気ですか?――」
 直接会っているようで嬉しい。でも哀しかった。彼女の励ましの言葉が続いた。心が温かくなる。見終わると彼女がいないことを改めて思い出し、身に染みた。「会いたいな……」そっと呟いた。
 それから更に半年が過ぎた。この頃、部屋に閉じ籠もりがちになっていた。何か張り合いがない。これはいかんと、私は部屋の掃除を始めた。古いアルバムに手を伸ばす。
 昔の自分の写真を眺める。懐かしい。母親に抱かれているからまだ一歳とか……。よく見ると小さいながらも既に今の私の面影がある。母親の横に一緒に写る人物を見る。服装からみて看護師さんか。と言うよりも、これは……。言葉が出ない。これは妻ではないのか? 死んだ時と同じ成人した妻だった。少し微笑んでいる。なんで、こんなところに? 私の思考は止まった。これは他人の空似というやつなのだろう。そうに違いない。大人の妻がいるわけがない。
 更にアルバムをめくる。そしてまた気づく。小学生の修学旅行。バスの前で撮った集合写真があった。「嘘だろ……」バスガイドが妻にそっくりだったのだ。どういうことだ。
 中学の文化祭の写真を見てまた息が止まる。友達と肩を組む私の後ろに妻が数人のご婦人たちと写り込んでいたのだ。
 妻は同級生のはず。ここまで妻に似た大人が各年代にいるものなのか? いや、いない。しかも、これは合成写真などではない。昔からある写真なのだ。
 引っ掛かっていたことがある。あのDVDだ。撮影した時、妻は病床でゲッソリとやつれていたはずだ。でもDVDに中の妻は元気で顔色もよかった。まさか元気な頃に撮影したとか? 何の目的で?
「か、彼女は……」一体何者なのだ?
 ――ピンポーン――
 突然、インターフォンの高い音。私は肩をビクッと上げた。訪問者を映すモニターを見て息を飲む。震える指で通話ボタンを押した。
「サプライズ、三つ以上になっちゃったねー。ゴメンねー」
 その女はモニター越しに手を振っていた。
(了)