第38回「小説でもどうぞ」選外佳作 アフタヌーンティー かく瑞花
第38回結果発表
課 題
サプライズ!
※応募数263編
選外佳作
アフタヌーンティー かく瑞花
アフタヌーンティー かく瑞花
母との待ち合わせ場所に行くと、午後の柔らかな光が差し込むお洒落なカフェだった。昭和世代の母が、どうしてこんなカフェを知っていたのだろう。
「お待たせ」
「素敵なお店でしょ」
「お母さん、こんなお店を知ってるの、すごいね」
「今日はあなたのお祝いだから」
今日ってなんかあったっけ……? 少なくとも私の誕生日ではない。母は私の誕生日を勘違いしているのだろうか。私は首をかしげながら席に着く。母とこんな場所でお茶をするのは初めてかもしれない。いや、母と最後に外食したのはいつだっけ。数年前? どうして私は母と数年も外食をしていないのか、よく思い出せなかった。それでも、母との間にわだかまりのようなものは何も感じない。久しぶりで心が浮き立つようだ。母も嬉しそうにメニューを眺めている。
「好きなものを頼んでいいのよ。今日は私の奢りだから」
「えーいいの?」
私は母の言葉に甘えて、ラベンダーのハーブティーがセットになっている、アタヌーンティーセットを注文する。母は同じものにストレートティーをつけた。
「あれ、お母さんと久しぶり……だよね」
「私はそんなことないわよ」
「そ、そうだよね。あれ?」
なんだか頭がぼんやりする。母との思い出がどこかで途切れていて、子どもの頃のことしか思い出せない。もしかしたら、最近仕事のしすぎで疲れているのかもしれない。母はそんな私を察して、お茶に誘ってくれたのだろうか。
店に設置されているディスプレイからニュースが流れていた。穏やかな時間の流れるカフェには、似つかわしくない雰囲気が漂う。アナウンサーは切羽詰まった声を出していた。
「三日の午前、首都圏を襲ったマグニチュード9の大地震は……」
あ、そうだ。私のほつれていた記憶の糸が、少しずつ繋がり始めた。
「お母さん、私の住んでいる街で地震があったんだよ」
「そうみたいね」
母が悲しそうな顔をする。
「お母さん、知らないの?」
そこで私ははっと思い出した。そうだ、母は……。
ニュース映像には、瓦礫の山と化した日本の首都が映し出されていた。私は知っているはずの出来事なのに、まるで初めて見る映像のようにも思える。
「犠牲者の数はまだまだ増え続け、おそらくは数十万人にものぼる見込みです」
喪服を着たアナウンサーの声が無常に響いた。
周囲を見回すと、他の客もこのニュースを、顔をしかめながら眺めている。ここにいる人たちは、あの大地震で大切な人を亡くしたりしていないのだろうか。身内に行方不明者などいないのだろうか。私も人のことは言えないが、そもそもこんなところでお茶などしている場合なのだろうか。
「お母さんが亡くなった後にね、すごい地震が起きたの。それでね、私……」
私は言葉に詰まった。何かが腑に落ちない。だって、私の母は五年前に病気で亡くなっている。その母と、なぜお茶をしているのだろう。だいたい私はどこから来て、どうやってこのカフェに辿りついたのだろうか。気がついたら私はこの店にいたのだ。もしかして、これは夢なのだろうか。それならば、どこからが夢?
あの日の朝、私は電車の中でうたた寝をしていた。すると、ドーンという轟音とともに電車ごと吹っ飛んで……。あれ、それも全部夢なのかな。だって、私は何もケガをしていないし、怖い記憶も特にない。私の最後の記憶は、会社に向かう電車の中で空いた席に座って、一息ついて目を閉じたところまでだ。
「お待たせしましたー。アフタヌーンティーセット、二名様分です」
若い店員が明るく大きな声で、私と母の前にアフタヌーンティーを置いた。
その瞬間、全ての記憶がはっきりと繋がった。そうだ、これは夢なんかじゃない。
「お母さん、何が起きたのかようやくわかった。私、この地震で死んだのね。だから、その時のことをよく思い出せないし、お母さんともお茶ができるんだ」
母は何とも言えない笑みを浮かべた。
「あなたに会えたのは嬉しいけれど、こんなことになってしまって悲しいわ」
ああ、やっぱり。虚無感が押し寄せる。
「なあんだ、そっか。思ったより死ぬの早かったなー。結婚もできなかったじゃん。来週から放送される、推しの主演ドラマ楽しみにしていたのに」
私はヤケになってケーキにフォークを突き刺し、口に放り込む。甘いクリームが口の中いっぱいに広がった。
「でも、お母さんに会えて本当によかった。お母さんが亡くなってから、ずっと会いたかったから」
母が嬉しそうに頷く。
「今日はね、家族がやっと全員揃ったお祝い。お茶が済んだら、一緒にお家に帰りましょう。お父さんもお兄ちゃんも、あなたのことを待っているから」
「えっ! てことは、うちの家族は誰も助からなかったの? まあ、これだけ亡くなっているのなら、仕方ないのかあ」
こうして、私は数年ぶりに家族
(了)