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第38回「小説でもどうぞ」選外佳作 サプライズはやめて ナラネコ

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小説・シナリオ
小説でもどうぞ
第38回結果発表
課 題

サプライズ!

※応募数263編
選外佳作 

サプライズはやめて 
ナラネコ

「今度の野活でサプライズがあるらしいの」
 休み時間の教室で、後ろの席から江梨と香澄が話している声が聞こえてきた。ひそひそ話だが中身は分かる。聞いているうちに重苦しい塊が心の中に広がっていく。
 毎年七月にN高原の宿泊センターで行われる野外活動は、中二の行事の中でも大きなイベントだ。オリエンテーリングやキャンプファイヤー、そしてゲームといった盛りだくさんなプログラムが夜までずっと組まれている。
「野活の企画担当がタマっちなんだって」
 江梨が話している。玉井真司は二十代の体育教師で隣の二組の担任だ。熱血教師を気どっているが、本人が思っているほど生徒には人気がない。しかしK中学の宴会部長を自称するだけあって、行事には力を発揮する。
「この前、職員室に宿題提出に行った時、タマっちがうちの岸村先生に話しかけているのが聞こえたの」
「どんなこと言ってた?」
「今度の野外活動で、誕生日サプライズをやろうと思うんですが、先生のクラスに野活の当日が誕生日の生徒いますかねって」
「それで?」
「うちは村田がちょうど誕生日なんですよって」
「村田くんが。そりゃ盛り上がるよ」
「でしょ。せっかくのサプライズが地味な子だったら、いまいちテンション上がらないものね」
 重苦しい塊がどんどん膨れ上がっていく。私は話を聞いているのがバレないように、そっと机から離れた。
 村田健也はバスケ部の中心選手だ。運動ができるだけではなく、イケメンで陽キャラなので、女子には絶大な人気がある。誕生日サプライズというからには、キャンプファイヤーのいちばん盛り上がったところだろう。情景が目に浮かぶ。
「さて、ここでサプライズがあります。みんなの中で今日、誕生日を迎えた人がいるんだ。今から名前を呼ぶので出てきてくれ。前に出たらひとこと頼むよ。まず、二組の村田健也くん。みんな拍手!」
 玉井にあおられて、村田くんは軽快な足どりで前に出ていく。彼ならちょっと転んで見せて笑いを取るくらいするかもしれない。みんなに手を振る。そして気の利いたひとことで、場は笑いに包まれる。
 そこまではいい、でもその次が問題だ。
「誕生日の人はもう一人。三組の川村美里さん」
 村田くんと違って私のことなんか他のクラスの子は知らない。うちのクラスだって覚えているかどうか。私はおずおずと前に出ていく。顔を上げられない。場の空気が一気に冷めていく。
 私は人前に出るのが大の苦手だ。人目にさらされると顔が真っ赤になって、鼓動が早くなる。顔が上げられず、言葉が全く出てこない。
 いっそのこと野活を休んでしまおうかと思うけれど、休む理由がない。私は体だけは人一倍丈夫にできていて、風邪ひとつひかないのだ。
 そうこうしているうちに、いつの間にか野活のサプライズはみんなに知れ渡っていた。情報元は江梨と香澄に決まっている。村田くんの名前が呼ばれたら、どうやって盛り上げようかとか、そんな相談までしている。こうなったら、もはやサプライズでもなんでもない。一方で、私の気分はすっかりうつになっていた。
 野活まであと二日となった日の放課後だった。校門を出たところで、後ろから男子の声がした。
「三組の川村さんだよね」
「……」(そうだけど。ええっ誰だろ?)
 ふり返ると村田くんがいた。いつものことだが、こんな時、とっさに声が出ない。
「俺、隣のクラスの村田だけど」
「……」(知ってるよ。でも、村田くん、どうしたの?)
「急に声かけちゃってごめん」
「うん、ちょっと……」(びっくりしただけ)
 村田くんは笑顔を見せて言った。
「川村さんって、明後日誕生日だよね」
「そう。……」(村田くんと同じだよ。でも、どうして私に)
「俺もその日誕生日なんだ。今度の野活で誕生日サプライズやるって知ってる?」
「うん。……」(みんな言ってるから、知ってるよ)
「もともとうちの担任の玉井が思いついたらしいんだけど、なんかもう、バレバレになってるし、おもしろくないんだよな」
 村田くんはつまらなさそうに言う。
「まあ、みんなが楽しめるんならいいけど、一部の女子が妙に盛り上がってるだけで、楽しんでるの、そいつらだけってことになりそうなんだよね」
「……」(そうかもしれない)
「俺も、そこであいつらが喜ぶように、ふざけてみせたりするのも嫌だしさ」
「……」(へえ、そうだったんだ。ちょっと意外)
「そこで、玉井に言ってみようと思うんだ。今度のサプライズ、なしにしてもらえませんかって」
「……」(本当! ぜひそうしてほしい。お願い!)
「もともとサプライズなのに、バレバレって時点で意味ないと思うんだ。でも、川村さんが楽しみにしてたら悪いし、それで聞いてみたってわけ」
「私も……」(すごく嫌だったの)
「そう。じゃあ、明日言ってみる。びっくりさせてごめんね」
 村田くんは、私の肩を軽くポンとたたくと、離れて行った。私はほとんどしゃべっていないのに、どうして私の気持ちが伝わったのだろうか。謎だった。
 結局、野活での誕生日サプライズはなかった。江梨たちはぶーぶー言っていたが、元々がサプライズ企画なので、誰にも文句を言うことはできない。
 野活が終わり、また学校生活が始まった。今までと変わったことは、村田くんがちょくちょく話しかけてくれるようになったこと。そして、なぜか少しずつ、人前でも言葉が出てくるようになったことだった。
(了)