第38回「小説でもどうぞ」選外佳作 希望のサプライズ がみの
第38回結果発表
課 題
サプライズ!
※応募数263編
選外佳作
希望のサプライズ がみの
希望のサプライズ がみの
「あなたの人生において、一回だけ大きなサプライズがあるでしょう」
占い師は、ぼくの手のひらを見ながらそう言った。
「一回だけですか」
ちょっとがっかりした。でも、大きなサプライズということは、人生における一発逆転のすばらしいものかもしれない。
「ちなみに、どんなサプライズか、いつそれが訪れるのか、わかりますか」
ぼくがそう聞くと、占い師は首を横に振った。
「ただし、それがあなたにとって幸運であることだけはわかります」
それだけでも嬉しい。不運なサプライズとか意味のないサプライズは御免だ。
思えば、ぼくの人生にサプライズなんて一度もなかった。平凡な両親のもとに生まれ、平凡な子供時代を送り、平凡な大学を出て平凡な会社に就職。
昔ならば、その後に平凡に結婚して平凡に子育てとなるのだろうけど、今の平凡は結婚に至らない。
幸運なサプライズというのだから、宝くじやギャンブルで大金が当たるとか、自分にはまったく不釣り合いな絶世の美女と結婚できるとか、小説でも書いて芥川賞などをもらうとか、そういったことではないかと夢想する。ただまあ、自分が想像できる範囲のことでサプライズと言えるのかどうか。
しかし、平凡な生活において、このサプライズ予言が希望になったことは確かだ。日々のつまらない仕事と潤いのない独り身の生活の中で、耐えることが出来たのはこの希望のおかげだ。
ある日、定期的に買っていた宝くじで一等が当たった。しかし、それは起こりうるかもしれないと思っていたことであり、さほど驚きはなかった。これが大きなサプライズのはずはないよなと思った。
おかげで、ぼくは大金が入っても浮かれることなく今まで通りの生活を続ける。宝くじで得たお金はとりあえず株やら何やらに投資しておいた。
コツコツ地道に真面目に働くぼくを、会社は昇進させてくれた。そして、社長の娘との縁談が起こる。ぼくには不釣り合いなほどきれいな人で性格も良かった。これも予想の範囲内であり、サプライズとは思えなかった。ぼくは淡々とその話を受け入れる。後で妻に聞くと、ぼくがガツガツしてないところが気に入ったと言う。確かに、投資したお金も増えていて、彼女の実家の資産にもさして興味がなかったからだろう。
そうやって子供が生まれて、やがて孫が生まれて、会社では社長にまで昇進したが、これもサプライズとは思えない。
普通に歳を取って引退する。もうひとつのサプライズネタとして小説家になることを思いだし、占い師に会ってからの自分の人生を小説仕立てにしてみた。それを小説誌に投稿したら掲載され、ついには芥川賞を受賞してしまった。
これにはちょっとだけ驚いたものの、でも想定の範囲内だと思った。家族も周りの人たちも、ぼくの淡々とした反応が不思議でしょうがないようだった。
それがウケたのか、いつの間にかマスコミがぼくに注目し、テレビの時事解説などにゲストとして招かれるようになった。そして、ぼくの淡々とした受け答えが評判をよび、結構人気のあるタレントになってしまった。
これはさすがに想定外だが、それでもサプライズとは思えなかった。結局のところ、あの占い師の言ったことは外れなのだろうと思う。それでも、あの占いがぼくの希望となって今の幸運な人生を送らせてくれたのだから感謝したい。
こうして満足のいく人生を送ったぼくは、臨終の床を迎える。妻や子、孫たちの悲しみに満ちた顔に囲まれて、ぼくは目を閉じ、やがて意識が薄れていった。
「おめでとうございます」
どこからか、機械音声のような大きな声が聞こえてきた。目は開かないので何がどうなっているのかわからない。
「あなたは、人類が誕生してからちょうど百億人目の地獄行きとなりました」
えっ、百億人目? 地獄行き?
いっぺんに二つの意味不明な情報が入ってきて、ぼくの頭は混乱する。
「百億人目の記念品として、蜘蛛の糸が垂らされることになりました。どうぞ、ご活用下さい」
蜘蛛の糸? それよりも、そんな悪いことしてないのに地獄行きなのか。確かにサプライズだけど、これは幸運なのか。あぁ、蜘蛛の糸が幸運ということか。その糸が丈夫で極楽にたどりつけるのであれば。
芥川龍之介の小説を読んでいて良かった。
(了)