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第38回「小説でもどうぞ」選外佳作 サプライズに花束を 川畑嵐之

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小説・シナリオ
小説でもどうぞ
第38回結果発表
課 題

サプライズ!

※応募数263編
選外佳作 

サプライズに花束を 
川畑嵐之

 いつものように勤務を終え、退社した。
 都会の真ん中、ビルの谷間の地下鉄に乗り込んだ。
 つり革につかまりながらスマホを開き、SNSでも見ようかと思った時、ホーム画面の日付表示に目が吸い寄せられた。
 そうだ、今日は結婚記念日だった。すっかり忘れていた。しかも十年目じゃないか。私としたことが。
 妻とは今の会社で知り合った。大学出の同期入社だったのだ。男女五人ずつの中に私たちはいた。
 私としては初めて見た時、かわいい娘だなと感じたと思うが、あまりにも遠いこととてはっきりしない。
 お互い総務に配属されたのが運命だったのだろう。新入社員総務は二人だけなので、自然と一緒にあつかわれ、同じ場所にいて、お互いを意識する。
 はじめから恋愛感情があったわけではない。むしろ同期入社のライバル感さえあったかもしれない。
 彼女はかわいいうえに仕事もよくできた。何ごともてきぱきと、受け答えもはきはきして先輩ウケもよかった。
 だから私としてはむしろ彼女に遅れじ、負けじと頑張っていたかもしれない。
 その感じが一年続いたわけだが、一年後に様相が変わってきた。
 後輩が入ってきたからだ。
 彼女はよく後輩の面倒をよくみた。むしろよくみすぎたといっていいだろう。
 後輩に何かと意見し、指導した。
 それを後輩たちは煙たい先輩と認識したようだ。
 そしてどちらかというとルーズでだらしなさがある私にすり寄ってきた。
 後輩には彼女のことを小声で「あの人、ちょっと怖いです」と言われたものだ。
「彼女は君たちのことを思って言っているのだよ」と返したものだが。
 さすがに彼女もその気配を察して、私にどうしてかと訊いてきた。
 それからだ。彼女と会社外で食事をしたりして会うようになったのは。
 はじめ「もっと言い方に気をつけたほうがいいんじゃないか」とかアドバイスするうちに、彼女に彼氏がいないとわかって、自分もいないとなり、休日まで一緒にすごすようになったのだ。
 はじめは単に食事をしてしゃべるだけだったが、映画や遊園地まで行くようになり、おたがい人生にかかせない存在に感じてきた。
 そして一年後には結婚した。彼女は子供を欲しがった。彼女はすぐ妊娠するものと考えていたようだ。
 一年、 二年とすぎていった。不妊治療も開始した。
 彼女は今の職場は残業が多く、ストレスも多いことが原因ではないかと考え、退社した。
 それでも彼女は妊娠することはなかった。
 私は、子供はいなくていいんじゃないかと言うようになった。
 しかし、それを言うと彼女はきっとにらんで、ぷいっとどこかに行くようになった。
 それでも深夜遅くには帰宅して、いつのまにか横で眠っていたものだが。
 スマホを持ちながらこんなことを考えていたら、地下鉄はいつのまにか地上の線路を走っていて、窓の外には夜の闇に沈む線路沿いのビル群が飛び去っていたりした。
 乗り越さないように自宅も寄りの駅で下車する。
 いつも素通りしている花屋の前に立ち止まった。
 結婚記念日だし、花束を買っていってやろう。
 そう大きくない店に花が所狭しとある。奥まで見通せていた。
 奥の壁際に色とりどりの花を配した花束が飾られていた。
 あれがいい。すぐ思った。
 奥で作業していた女性と目が合った。
「あの花束をください」と指さす。
 もしや予約されていたりするのではないかと危惧したが、幸い、そうではなかったようであっさり購入することができた。
 花束ってこんなに高いものなんだな、とあまりにも久しぶりに購入するものだからすこし驚きながら。
 花束は大きめの紙袋にいれてもらい、それでも上部ははみだしているので、花束を持ち歩くなんてすこし恥ずかしさを感じながら。
 そして長らく二人住まいのマンションに帰宅する。
 二人で購入した当時、できたてで、十階からの眺めに未来への希望が満ち溢れていたことを思い返す。
 さぞや彼女はこの花束にびっくりするだろう。結婚記念日だったんだね、と。
 玄関のドアを鍵で開けて入る。
 真っ暗で、しんと静まり返っている。
 彼女の名前を呼ぶ。
 返事はない。
 リビングまで行き、電気を点ける。
 そこにあるのはとても夫婦暮らしとは思えない雑然としたありさまだ。
 脱いだ服は椅子にかけっぱなしで、空っぽのスナック菓子の袋は床に落ちていた。
 花束をテーブルの上に置く。
 あきらかに場違いだった.
 花束がこんなに濃厚な香りを放っているとは今まで気づかなかった。
 彼女にサプライズを、というていで花束を買ってみたが、サプライズを期待していたのは自分のほうだった。
 彼女はもう数年前から自宅に帰っていない。
 どこへ行ったのかわかっていない。
 彼女の親兄弟、彼女の友人、知人も彼女の行方を知らない。
 警察には捜索願いを提出した。
 でも、なにも知らせてくることはない。
 時空は流れていくだけ。
 ソファにどっかり腰をおろした。
 そして頭をかかえる。
 彼女はどうしたのだろう。
 彼女はどうしているのだろう。
 結婚記念日だというのに。
(了)