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第38回「小説でもどうぞ」選外佳作 サプライズ嫌い 夏島悠子

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小説・シナリオ
小説でもどうぞ
第38回結果発表
課 題

サプライズ!

※応募数263編
選外佳作 

サプライズ嫌い 
夏島悠子

 私はサプライズというものが嫌いだ。

 子供の頃、よく親から「サプライズなので当日のお楽しみね」と誕生日やクリスマスのプレゼントをもらった。大抵は欲しかったおもちゃとは全く違うものだった。
 自分が親になってみれば、その事情はわからなくもない。予算に限りはあるし、店頭で並ばないと買えないような限定ものもハードルが高い。
 決して裕福ではなく、フルタイムで働き詰めだった両親が、少しでも楽しく受け取ってほしいと考えた知恵だったのだろうか。

 大学時代に、恋人に突然フラれたことがあった。私が知らないうちに浮気をしていて、結局そっちの男を選んだと知ったのはずっと後のこと。別れ話の時は一方的にこちらの非を並べ立てて文句を言った挙句、もう連絡するなときたもんだ。
 それをサークルの悪友に打ち明けたところ、後日、急に「飲もう」と呼び出された。居酒屋にはサークルの仲間のほか、見知らぬ女の子が数人いた。サプライズの合コンだった。
 恋人と別れたばかりの私を盛り上げようとしてくれたらしいのだが、私が失恋したと皆に知らしめてくれたおかげで居心地が悪いことこの上ない。そもそもそんな時はしばらく一人でいたいものだ。
 まあ、結果的にはそこでのちの妻となる真知子と知り合ったのだが。

 結婚式のサプライズ演出もあったな。真知子の知り合いの知り合いだという駆け出しのマジシャン芸人がサプライズで登場。火を使ったトリックの最中に火の粉がテーブルクロスに燃え移り、危うくボヤ騒ぎになるところだった。
 後にそのボヤ騒ぎをネタにしたのが大ウケしてマジシャン芸人は人気者になり、最近では若手芸人向けのお笑いコンテストで審査員を務めるほどの大御所になっている。
 私はいまだにそいつがテレビに出るたび良い気がしない。しかし、おおらかな真知子は「あの芸人は自分たちの結婚式がきっかけで成功した」と人に自慢しまくっていた。

 まあなんだ、えてしてサプライズというものは計画した者の自己満足に終わることが多い。しかし、そんなことにも気づかずせっせとサプライズ演出に励む種類の人間もいるものだ。
 そして、厄介なことに真知子はじめ娘や息子、孫たちまで、私の家族は皆サプライズ好きときた。
 誰かの誕生日、結婚、出産、事あるごとにサプライズのプレゼントやらサプライズのパーティーやら。成功したら喜び、事前にばれたら悔しがり、次はいっそう頑張ると発奮する。私は常に冷めた目で見つつ、勝手にやらせておくが。

 今日も私が外出から戻ってみたら、同居の長女夫婦はじめ次男や次女、孫たち全員が集まっていた。
 私はうっかり鍵を忘れて玄関から入れず、誰かを呼ぼうと窓からのぞいてみたら、皆がいたのだ。
 ははん。そういえば私の喜寿が近い。また皆でサプライズパーティーでも企んでいるんだろう。しかし、ともかく家に入れてもらわねば。サプライズ失敗とガッカリされても致し方ない。
 窓をコンコンと叩いてみるが、誰も気づかない。ドンドンと拳で窓枠を叩いてみたら、小学生の孫娘ミキがふとこちらを見た。
「おーいミキ、玄関開けてくれ」
 声を上げたが、ミキは非常にびっくりした様子で、目をまん丸く見開いてこちらを見つめるばかりだ。

「あなた! そっちじゃないわよ、こっちこっち」
 背後から呼ぶ声がして振り向くと、真知子がいた。
「ほんとにもう、あたしがいないといつも好き勝手なほうにウロウロ行ってしまうんだから。何も変わってないのねえ、あなたってば」
 嘘だろう。真知子は三年前に死んだのだ。脳梗塞で、ぽっくりと。それなのに、今彼女は私の目の前で以前と変わらぬ姿で笑っている。
「だからね、あなたはこっちなの。生きてる人たちのほうにのこのこ行ってびっくりさせちゃダメじゃない」
 真知子は私の手をとった。途端に私の体がふわりと浮いた。
 びっくりしたのはこっちのほうだ。いったい何が起こってるんだ。下を見下ろすと、なぜか家の屋根が透けていて、リビングに集まっている連中がよく見える。

「あのね、おじいちゃんが窓の外にいたの」
 ミキが興奮気味に家族に説明しているのが聞こえた。
「そっか。ミキはおじいちゃん子だったからね。最後に挨拶しにきてくれたのかもね」
 ミキの母親である長女が涙ながらに話している。
 家族の輪の真ん中で白装束で寝かされている年老いた男。それは私だった。

 いやはや、こんなサプライズは人生初めてだ。まあ最初で最後であることは確かだろう。 
「そういえばあなた、いつもサプライズが嫌いだって言ってたわね。でもね、サプライズのプレゼントやパーティーって、相手に愛情があるからこそできるものなのよ」
 真知子が私の気持ちを見透かしたように言う。
 そうか。たしかに。サプライズとはそういうものなのかもしれない。
「さあ、行くわよ。あなたのお父さんとお母さんも向こうで待ってるわ」
 真知子が私の手を引いた。住み慣れた家がどんどん遠ざかって行った。
(了)