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第38回「小説でもどうぞ」佳作 自爆葬 林庆次

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第38回結果発表
課 題

サプライズ!

※応募数263編
自爆葬 
林庆次

 親父の訃報は仕事場で受けた。親子の縁を切って二十年、一切の音信を断っていて、知らせてきたのは、市の職員だった。
 親父は自宅で亡くなり、話ができていた葬儀社によって、遺体はそのまま自宅に置かれているらしい。
 親父は起業して一財産を築いた。実家は田圃たんぼの中の千坪の土地に結構な屋敷を建てていた。その中央にある五十畳の居間の真ん中に敷かれた布団に親父は横わっており、そこに弔問の客が訪れては焼香するなり、読経するなりしている。
 親父は無宗教だったが、檀家でなくても僧侶を派遣してくれる寺はある。親父は地方の名士でもあり、葬儀の一切を取り仕切る葬儀社は近在から宗旨宗派を問わず僧侶を集め、読経をあげさせた。それぞれにあげる経文は違うので交代で行い、般若心経だけはその場にいる全員で斉唱するという、さながら宗教フェスの様相を呈していた。
 そうなると、どこで聞きつけたかニ十キロ離れた町の教会からゴスペル隊が押しかけてきて、自分たちにも歌わせろと詰め寄った。葬儀社も一旦は断ったが、故人は無宗教だったと聞いた、それなら我々が悼んでも問題はないはずだと強引に捻じ込んできて、大ゴスペル大会が始まった。旧教・新教入り交じり、聖歌・讃美歌お構いなしで繰り広げる。
 実は、地区内には神社もあって、こちらには声掛けもしたのだが、最近多い神主不在のお社だけで、わざわざ神社庁まで問い合わせる労を惜しみ、打ち切っていた。
 連絡が来たのは二日目だった。他に血縁はなく、もとが孤児なので親戚と呼べるものもない。式典は滞りなく行うので、せめて顔だけでも出してほしい、とのことだった。
 最寄り駅からタクシーで一万円は痛いが、バスは一日三本しかない。タクシーで行き先を告げると「あぁ、お葬式ですね」と返された。既に何度も往復しているのだという。
 駅前から町中を抜けると、すぐにのどかな田園風景が広がる。車の往来もまばらな中を走っていくと、遠くから祭りのような騒がしい音が聞こえてきた。運転手が、あれがそうだと教えてくれる。
 実家を十重二十重とえはたえに囲んだ人だかりは、もはや収拾のつかない状況にあった。新興宗教の宗派がいくつも入り込んで、めいめい勝手にお題目をあげている。
 それを当て込んで屋台が出ている。焼きそば、たこ焼き、箸まき、牛串、クレープ、ケバブ、シュラスコ……。
 それだけでなく、大道芸人やストリートミュージシャンがあちこちでパフォーマンスを繰り広げていた。とがめだてされると、葬送の儀だと言い張れば、それが通った。
 そうなると、近在の住人たちも集まってきていた。
 タクシーを止めて料金を払いながら、これは何の騒ぎだ?と言うと、これがこのあたりの一般的な葬式だとの答えが返ってきた。
 この地方の慣習として、葬礼はできるだけド派手にするのだという。そうやって賑やかに魂を送ってやるのだそうだ。
 人ごみをかき分けかいくぐり、やっと家の門に辿り着いた。驚いたことに、このどんちゃん騒ぎは、周囲の刈り取りの済んだ田圃で繰り広げられていた。
 門の前に立ち呼び鈴を押すと、中から喪服の男が出てきた。葬儀社の担当者で、いちじくと名乗った。九に先導されて屋敷の中に入ると、二十年の間に随分と作り込まれて、豪邸になっていた。建物自体の造作もそうだが、庭のあちこち、邸内の至るところに配された書画骨董の類いがおよそ全財産を傾けたんじゃないかというくらい豪奢なものだった。
 しかし、居間に入るとそこは静謐せいひつとしていた。親父以外に誰もおらず、外の喧騒も届いてこない。あまりにも静かすぎて、まるで異世界に来たようだった。
 親父の顔を見ても、なんの感慨も湧かなかった。九が背後から「よろしければ、これでご葬儀をお開きとさせて戴きます」と言った。わかったと答えると、それでは外へと促された。
 屋敷の外に出ると、更に門の外まで出るように促される。門の外まで出ると、九が小さなボタン・スイッチを渡してきた。「それでは、お心の良いタイミングで、お押してください」
 お心の良いタイミングって、何を言ってるんだ、と思いながら、無造作にスイッチを押した。
 その瞬間、門の中の屋敷が爆発した。
 周囲の人だかりから悲鳴が上がった。
 続いて、縦方向に昇り龍のように火柱が上がり、しかしながら一切門外に飛び散らないように精緻せいちに設計されていた。
 そこから更に四方八方へ花火が飛んだが、それらも敷地の中で完結するように設計されていた。九がこの段になって言った。
「故人様会心の、『自爆葬』でございます。子孫に家や財産を遺したくないという故人のご遺志を叶えるべく、全てを灰燼かいじんに帰す、究極の葬儀」
 そうまでして、財産を譲りたくなかったっってことか。とんだサプライズだ。
 法的には相続できるが放棄してもいい。そりゃこの爆発の残骸を相続するやつなどいない。そうなれば、跡地利用は市に委ねられるが、どうせ使い途もなく、ただ私有地と言うだけでこのまま残されるだろう。
(了)