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第38回「小説でもどうぞ」佳作 ハッピーバースディ 柚みいこ

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小説でもどうぞ
第38回結果発表
課 題

サプライズ!

※応募数263編
ハッピーバースディ 
柚みいこ

 今日は、あなたの誕生日。
 わたしは、いつものようにアパートの管理人に頼むと、あなたの部屋の鍵を開けて貰い、持ってきた料理とケーキを冷蔵庫に仕舞った。
 きれい好きのあなたの部屋は、いつも適度に片づいているので、わたしは簡単に掃除機を掛けてからクローゼットの中に隠れた。
 ハッピーバースディ。あなたが帰ってきたら、クラッカーを鳴らして飛び出すつもりだ。あなたの驚く顔を思い浮かべて微笑んだ。
 けれども、膝を抱えて丸くなると、直ぐに眠気が差してきた。今朝は早起きだったからな、と思う。デコレーションケーキを作るだけで半日を費やしてしまった。
 ハッと目が開いたのは玄関の鍵が開く音でだ。あなたが帰ってきたのだと思い、クローゼットの中でクラッカーを握って構えた。
 ところが、戻ってきたのは、あなただけではなかった。あなたの足音を追い掛けるように下品な女の声がしてきた。
「お邪魔しまーす」
「わ! 誰ですか。勝手に入らないで下さい」
「いいじゃん。あたしとあなたの仲じゃんか」
「知りませんよ。あなたなんて」
 二人の嚙み合わない会話が続き、わたしは飛び出すタイミングを失った。もし、今ここで恋人のわたしが出て行ったら、修羅場になってしまいそうだ。
 この頭の悪そうな女に思い当たる節はあった。先日、あなたの会社に行った時、そっとあなたを追いかけて行く不審な女を見かけた。
 恐らくストーカーだ。すっかり顔見知りとなったアパートの管理人も、最近、妙な女がうろついている、と言っていた。
「いい加減にしろよ! 僕には恋人がいるんだ」
 あなたが怒鳴った。それとほぼ同時に、ストーカー女の短い悲鳴が聞こえ、ドサッと重たいものが落ちる音がした。咄嗟に嫌な予感がして、わたしは意を決してクローゼットから這い出した。
 こちらを振り向いたあなたの目が、これでもかと大きく見開かれたが、わたしは無言で立ち上がると部屋の中を見回した。
 あなたの足元で女が倒れている。近づいてみると、派手なロングヘアーがどす黒く濡れていた。見れば、ガラステーブルの角に赤い血痕が付着していた。
「わざとじゃないんだ」
 動転したあなたが弁解した。「ちょっと押しただけだったんだよ」
「大丈夫。わたしに任せて」
 わたしは自分でも驚くほど冷静だった。
 女は既に息絶えていた。わたしはあなたに毛布を出すように指示すると、二人で協力して女を包み、その上からビニール紐で厳重に縛った。
 アパートの裏に、わたしの軽自動車が停めてある。わたしたちは苦労して毛布の包みをそこまで運び出し、後ろのドアを開けて後部座席に押し入れた。
 わたしが運転席に乗り込むと、あなたも助手席に座った。
 落ち着きを取り戻したのか、あなたが「この後どうする」と訊いてきた。
「山まで捨てに行こうと思う」
 とうに日は暮れている。暗闇でなら目立たないだろう。わたしはエンジンをかけた。
 その後は二人とも無言だった。とんでもない誕生日になっちゃったね、とわたしは心の中で呟いた。
 やがてインターから高速道路にのると、わたしは大きく一息を吐いてから、後部座席に顎をくれた。
「ところで。あの女の人、誰だろうね」
 毛布の中の人は、わたしが見たストーカー女とは別人だったからだ。
「分からない。初めて会った人なんだ」
「あなたのストーカー、二人いたのかな。毛布の中の人と、会社の前で見た人」
「会社の前で?」
 あなたが首を傾げたので、数日前の出来事を語って聞かせた。
 退社するあなたを追いかけてきて、無理やりあなたの腕を取り、恋人気取りで歩いていた人。優しいあなたは無下にすることができず、困ったように苦笑いしていた。
「それって、僕の恋人じゃないか?」
 わたしは驚いて、あなたのほうに振り向いた。
「あなたの恋人は、わたしでしょう?」
 あなたは大真面目な顔で、動揺しているわたしを真正面から見詰めた。
「僕たち、初対面だ」
「え、そんな」
 夜の高速道路は適度に流れていた。前を走るタンクローリーのピカピカに磨かれたお尻の右下には、危険の「危」と描かれた四角いプレートが取り付けられていた。呆然とそれを眺めていると、隣であなたが独りごちだ。
「そうか。僕がいない間に、勝手に部屋に上がり込んでいたのは君だったのか」
 恋人に訊いても知らないっていうし、てっきり実家の母親の仕業かと思っていた、と。
「……嘘」
 この半年間、あなたの健康を考え、部屋を清潔に保ち、栄養バランスのよい食事を毎日作り置きしていたのは、このわたしなのに。
 震える声で尋ねた。
「ねえ。わたしって、あなたの何だったの」
「うーん。ストーカーかな」
 聞いた途端、右足に力が籠もった。気づくと、わたしはアクセルをいっぱいに踏み込んでいて、タンクローリーの丸いお尻と、危険の「危」の字が迫っていた。
 あなたが、何かわめいた。
 ――パーン!
 薄れる意識の中で、わたしはクラッカーが高らかに弾けるのを聞いた。
 ハッピーバースディ。
 これは、一世一代のサプライズ。
(了)