第38回「小説でもどうぞ」佳作 サプライズパーティー 白浜釘之
第38回結果発表
課 題
サプライズ!
※応募数263編
サプライズパーティー
白浜釘之
白浜釘之
もうかれこれ三時間はこの狭い空間に閉じ込められている。
ここはウエディングケーキの中。俺は結婚式の山場の一つであるケーキ入刀の際にここからポーンと飛び出してサプライズ登場するという演出のためにこの狭い場所で待機しているというわけだ。
バラエティータレントである俺のファンだという新婦のために友人たちが考えたサプライズイベントらしい。
「なんで俺がこんなことを……」
心の中で悪態をつきながらも、俺はケーキの中でおとなしく膝を抱えて座っていた。
売れっ子だった一年前、俺はちょっと女性関係でやらかしてしまい、それがもとで妻にも愛想をつかされ、莫大な慰謝料とともに逃げられてしまったのだ。
その後、すっかり地上波や大きな舞台からはお呼びがかからなくなってしまったため、反省の意味も込めて小さな舞台や講演会、老人ホームの慰問などそれこそ寝る間も惜しんで働き続けた。それでようやく最近は「反省しているようだし、そろそろバラエティー番組に復帰させてもいいだろう」みたいな意見もネットで散見されるようになってきたのだ。
いくら小さい仕事とはいえ、手を抜くわけにもいかない。
「お待たせしてすいません。もう少しです」
イヤホンから仕掛け人の押し殺したような声が聞こえてくる。
「大丈夫ですよ。それより僕が出てってすべったらごめんなさいね」
「結婚式自体、盛り上がっているからウケると思いますよ」
たしかに彼女の後ろからはガヤガヤと大勢の人が話している声が聞こえている。
ただの結婚式の余興とはいえ、新婦の父親はいくつかの番組のスポンサーにもなっている大企業のお偉方だという話だ。ここで大受けすれば大きな仕事が舞い込むかもしれない。
ケーキ入刀とともに俺がポンと飛び出し、新郎に向かって「浮気したら承知しないぞ!」と叫び、仕掛け人の新婦の友人たちが「あんたが言うな!」とツッコみ、俺は「すいませんでした……」とすごすごと引っ込む……他愛のない演出だが、酒宴の席ではこのくらいのほうが分かりやすくて受けもいいはずだ。
スポンサーの目に留まれば自虐キャラ芸人として、あるいはもう一度テレビに復帰できるかもしれない。
と、俺が段取りを頭の中で確認していると、彼女の隠しマイクの後ろで何やら悲鳴のような声とともにバタバタと誰かが駆け込んでくる足音が聞こえてきた。
「……えっ? わかりました……あの、ちょっとすいません、なんだかみんなここを離れなくてはいけないみたいで……」
誰かと話していたらしい彼女はいきなり俺との会話を打ち切ってしまった。
「どうしたんですか? もしもし?」
俺は彼女に向かって呼び掛けてみたが、なんの返事もなかった。
「ははあ……」
俺は悟った。これはいわゆる『逆ドッキリ』ってやつだ。サプライズを起こそうという側を逆にドッキリで驚かしてしてやろうという、バラエティー番組でよくあるタイプのやつだ。
おそらく俺が様子を見に出たところ誰かが「こんなところで何をやってるんだ?」と問い詰めてくるのだろう。
てことは俺も地上波の番組に復帰できるってことだ。ここは殊勝にふるまって反省しているところを見せるか……いや、実はバラエティー番組ではなく、ただの悪ふざけってことも考えられる。実際、一度悪いイメージのついたタレントには何をやっても許されるって風潮があるから、俺がそっと出てきたところをみんなで笑いものにするだけなのかもしれない。
まあそれでも金を貰っている以上は仕事だと割り切ることにしよう……よし、本当に静かになったようだし、そろそろ出ていこう。
思いきってケーキから飛び出してみたが、披露宴会場はもぬけの殻だった。一瞬、元々誰もいない場所でサプライズをするドッキリかとも思ったが、ついさっきまでは大勢の人がいたような形跡もあり、豪華な料理が食べかけのまま放置されていたりした。
と、いきなりサイレンの音が響いてびっくりする。誰かの忘れていったスマートフォンが警報を鳴らしていた。
「……からの弾道ミサイルがXX地域に向けて発射された模様です。該当する地域の住民は
なるほど。こういうタイプのサプライズか。随分手が込んでいるな。これはゴールデンタイムの番組かもな。俺は心の中でほくそ笑む。表からは爆音も聞こえてきた。会場の窓ガラスが粉々になる。これはすごいサプライズだ。
爆風に吹き飛ばされながら、それでも俺はカメラの位置を必死で確認していた。
(了)