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第38回「小説でもどうぞ」佳作 R博士の絶叫 柴田歩兵

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小説でもどうぞ
第38回結果発表
課 題

サプライズ!

※応募数263編
R博士の絶叫 
柴田歩兵

 二〇四八年、タイムマシンが完成した。作り上げたのはR博士。若い頃から研究を重ね、七十八歳で遂にその成果が実った。都内ホテルにて、今日はその完成披露パーティーが開催されていた。
「理論上で証明されるも、実用化までは困難の道のりでした。しかし遂に完成したのです」
 R博士が壇上に飾られた銀色の球体を振り返ると、場内は拍手に包まれた。
 科学者の一家に生まれ、幼き日に父を、三十年前に母も他界。そして三年前には共同研究者であった兄も亡くした。それでも一人研究を続け、実らせた執念への称賛だった。
「大変感動的なスピーチでした」
 司会者の男性までもが立場を忘れ、目を潤ませている。
「さぁ、ここでサプライズゲストをお招きしております。どなただかわかりますでしょうか?」
 R博士は首を捻った。事前には聞かされていない。もしかして長年ファンであった女優の小幡喜久子だろうか、などと内心期待したりもした。
「きっとR博士が誰よりも会いたい人ですよ」
 司会者が満面の笑みを浮かべる。
「誰だろう? わかりませんね」
 これは小幡喜久子だ。と確信しながらR博士は、はにかんだような笑みを返した。
「では登場していただきましょう! どうぞ」
 スモークの演出の中から現れた姿に、R博士の笑みは凍りついた。
 そこには死んだはずの兄が立っていた。
「どうして」
 R博士程の頭脳があればすぐにわかるはずだった。しかし気が動転しているためか、ただ驚愕の表情を浮かべるだけだった。
「タイムマシンを使って亡くなられたお兄様をお連れしました!」
 感動の再会。場内は暖かな空気に包まれた。しかしステージ上に漂う不穏な雰囲気を誰も読み取れていなかった。兄は呆然と立ち尽くすR博士に歩み寄って抱擁し、耳元で囁く。
「まるでお前が作ったような口ぶりだな」
「兄さんの理論では実用化は無理だった。机上の空論だった理論を私が完成させたんだ」
「ものは言いようだな。結局は私の研究を盗んだということだろう」
「盗んだ……いくらなんでもひどい!」
 幼き日のトラウマが甦る。ジュースと偽りカエルの小便を飲まされたこと。銀玉鉄砲を鼻の穴に打ち込まれたこと、火のついた爆竹をパンツの中に放り込まれたこと。
 思いのほか、表情が晴れないをR博士を見て司会者は、舞台袖に合図を送った。
「え、えー……実はもう一人ゲストをお招きしております」
 司会者が舞台袖に注目を促した。
「母さん」
 若き日の母の姿に兄弟は口を揃えたあと絶句した。
 母は無言で歩み寄り、二人を両腕に抱え込むように抱きしめた。
「なんと感動的な再会でしょう。タイムマシンは技術革新だけでなく感動のドラマも、もたらしました」
 来場者のすすり泣きが聞こえ、感動に包まれた拍手が自然と湧き起こる。
「ところで」
 母は兄弟を抱きしめたまま囁いた。
「いくらか工面してもらえないかね」
「えっ」顔を上げたR博士に母は笑いかけた。
「あんた、これでぎょうさん儲けとんのやろ」
「いや、しかし……」
 貧しかった時代を思い出せば、助けてあげたいのはやまやまだった。しかし過去の改変は御法度である。
「でも、いくら今のお金を渡しても」
「そんなん純金で渡してくれればええやん」
「母さん、聞いてくれ。タイムパラドックスというものがあって……」
「そんなんお母ちゃんしらん。とにかく純金貰えればそれでええねん」
 どう説明したものか困り果てているR博士に、兄が口を挟んできた。
「そうだ! 俺にも競馬の結果を教えてくれ」
「それもええなぁ!」
 兄の提案に母は目を輝かせた。
 これまで苦難の連続だった人生が思い返された。幼少期に男を作り、家を出ていった母は大人になってから現れ、たびたび金を無心した。兄は強権的に弟を支配し、研究成果は全て自分のものにした。
 人生において足を引っ張るだけの存在だった二人がいなくなったからこそ、研究に没頭できた安息の日々だった。自らが発明したタイムマシンによって、それが壊されたとき、R博士は絶叫した。
 やおら立ち上がり壇上の一際高いところに飾られていたタイムマシンに飛び乗った。
 その場の全員が呆気に取られている隙に、タイムマシンごと消えたのだった。R博士が今、時空のどこにいるかは誰にも分からない。
(了)