第39回「小説でもどうぞ」選外佳作 休日泥棒 がみの
第39回結果発表
課 題
眠り
※応募数355編
選外佳作
休日泥棒 がみの
休日泥棒 がみの
金曜日の晩に飲みに行って、したたかに酔ってしまった。なんとか自分の家に帰り着いて、前後不覚の状態でベッドにもぐりこんだ。
翌朝やけにすっきりした感覚で目覚める。あれほど痛飲したわりには、酔いが残っていない。珍しいこともあるものだと、俺はのびをしながら起き上がる。いつものようにテレビをつけて顔を洗いに行く。テレビの音声だけを聞いていたが、平日のニュース番組のようだった。あれっと思いながら部屋に戻り、テレビをじっと観る。出勤風景が映っている。天気予報を見ると、今日は月曜日だった。
何がなんだかわけがわからず、俺は大急ぎで着がえて家を出る。
「おまえもか」
金曜日に一緒に飲んだ同僚が無精ひげの顔を近づけてきた。
「どうやら土日まるごと寝て過ごしたようだな」
「そこまで飲んだか。というか、そこまで寝たことがないんだが」
俺たちは疑問を抱きながらも、仕事に入る。
その週の金曜日、今度は飲みに行かず家で過ごすことにした。そして翌朝、またすっきりした寝起きだった。俺はスマホを開く。
「まただ」
また月曜日になっていた。なんてこった。二週続けて土日を寝過ごしたのか。今度は酔ってもいないのに。
会社に着くと騒然とした雰囲気になっていた。土日を寝過ごしてしまう会社員や学生が増えていて、SNSによれば多くの人が同じ話を投稿していた。日本だけではなく、世界中で同じ現象が起きているようだった。
やがて三連休が来た。案の定、三日間寝過ごした。俺は不安になった。俺だけではないだろうけど、これで年末年始の休みとかゴールデンウィークになったらどうなるのか。一週間とか十日とか寝過ごしてしまうのか。そうなったら、餓死したりしないか。会社員はまだいいとして、学生たちは夏期休暇などの場合、どうなるのか。
政府や経済界もあわてだした。休日に寝過ごす人が増え出したため、行楽施設や商業施設の利用者が激減して景気が悪くなったからだ。不思議なのは、もともと土日が出勤日の人たちは土日に寝過ごすことはなく、逆に平日に休みが与えられている人たちはその日に寝過ごすことだ。まだ学校に行ってない子供や仕事をしてない人はそういうことがないようだ。
政府や企業は暫定的に休日を減らすことを決めた。国民からは非難の声があがったが、土曜日も出勤日にすると、日曜日だけ寝過ごすようになった。祝日もしばらくは停止となった。経済界の陰謀を疑う声も出てきたが、なかなか原因はわからなかった。
やがて科学者たちが、原因を突き止めた。なんとウィルスによる感染症だと言う。脳に寄生したそのウィルスは、翌日が休日だと認識すると、脳の睡眠物質の分泌を高める働きをするのだと言う。そのウィルスの正式名称も決まったが、俺たちはみなそのウィルスを休日泥棒と呼んだ。
翌日がたとえ休日であっても、休日ではないと脳をごまかす、そういった催眠療法めいた治療が出てきたが、効果はほとんどなかった。
やがて、製薬会社が対症療法の治療薬を開発した。ウィルスに感染しても睡眠物質の分泌を抑える働きをするとのことだった。
政府がその治療薬を買い取り、安価で流通させた。休日泥棒に悩まされていた俺たちはすすんでその治療薬を受け入れた。治療薬は飲み薬で休日の前日に服用するだけで良かった。休日が複数日あればその間毎日飲むことになる。
その治療薬は効果的だった。俺たちはもう休日を寝て過ごすことはなくなり、金曜日の晩に飲みに行くこともできるようになった。
ところが全然楽しくない。飲み会も楽しくないし、翌日の休日もなぜか憂うつ。俺だけではなく治療薬飲んで久しぶりの休日を迎えた人たちがみな、楽しくないと不満をもらした。
これは治療薬の副作用だと発表された。この治療薬のおかげで、休日も出勤日と脳が錯覚するらしい。だから、休日を迎えるわくわく感も休日その日の解放感もまったくないことになる。
人々は悩んだ。治療薬で休日を取るか、それともウィルスに身をまかせて休日を寝過ごすか。俺は後者を取った。用事があるときだけ治療薬を服用する。多くの国民がそういう対応を取ることにしたようだ。
おかげで公的な休日を減らす措置は暫定から固定された。俺たちは以前より働くようになった。しかし、毎日が日曜日の定年退職者にはウィルスの影響がなく、皆楽しく日々を過ごしている。これからは、お金(年金)に加えて休日も後払いになるようだ。
(了)