第39回「小説でもどうぞ」選外佳作 金魚たちの眠り 稲尾れい
第39回結果発表
課 題
眠り
※応募数355編
選外佳作
金魚たちの眠り 稲尾れい
金魚たちの眠り 稲尾れい
冬休みが始まって二日目。お父さんとお母さんが交代で運転する車で長野のおばあちゃんの家に向かう道すがら、ルリが幾度も思い出していたのは、庭の池のことだった。おばあちゃんの家の庭には、ルリの家のお風呂よりひと回り大きいそら豆のような形の池がある。そこにはオレンジがかった朱色の、ちょうどルリの中指くらいの金魚が十匹ほど飼われていた。池のほとりに人間が立つとすいっと寄ってきて、水面に向かって可愛く口を突き出したりしてくる。今年入学した小学校の校庭にも水草だらけでぬめぬめとした古池があるけれど、おばあちゃんの池の特別感は、それとは比べものにならなかった。
おばあちゃんに出迎えられて車から降りると、寒さに腕が粟立った。けれどルリはあいさつもそこそこに、「池、みせて!」と庭へ走った。
大きな丸い石に囲まれた池の表面はところどころが白っぽく濁っていて、動きがなかった。水が凍っているのだった。氷の下に幾つも透けて見えている朱色にルリは目をこらした。追ってきたおばあちゃんに抱き付き、腰のエプロンを思わずぎゅっと握りしめる。
「おばあちゃん、金魚。みんな、こおってる」
「ああ、池の上っ側だけちょっと氷が張ってるね。でも金魚のいるあたりは水だから、大丈夫だよ」
そう言われ、氷の奥をもう一度じっと見る。つい先程まで泳ぎ回っていたような配置のまま、どの朱色も全く動かない。
「およいでないよ」
「寒くなると、こんなふうに動かなくなるんだよ。ごはんもあまり食べないね。春に氷がとけるまでは、眠っているのかもね」
おばあちゃんの言葉に、ルリは不安になった。
「寒いところでねたら、あぶないよね? 『ねるな、ねむったらしぬぞ!』って、ドラマで言ってたし」
以前ドラマで見た雪山の遭難シーンを思い出して真剣に言ったのに、おばあちゃんも、追ってきたお父さんもお母さんも笑った。笑いごとじゃないのに! 顔をしかめ、氷におおわれた水面をもどかしく見つめた。
夕ご飯が終わり、皆がくつろいでいる中、ルリはこっそりジャンパーを着て外に出た。車を停めてあるところに行き、辺りに敷かれている石の中からなるべくとがった大きいものをひとつ拾い上げる。それを握りしめて池の方へ向かった。
ほの暗い庭の片隅で、池は道端の街灯から届く光にぼんやりと照らされていた。氷の張った水底は昼間よりも更に見えづらい。そこまで届くように、とルリは先ほど拾った石を力一杯投げた。石は氷に当たり、そのまま池の表面をつうっと滑った。氷には穴ひとつ開いていない。
「けっこう分厚いんだよ、その氷。自然にとけるまで、待たないと」
声を掛けられて振り向くと、おばあちゃんがゆっくりと歩いてくるところだった。
氷がとけたら、金魚は本当に目を覚ますのだろうか? もし目覚めなくても、自分ではそのことに気付けないまま、生きていたときの夢をずっと見続けるのかもしれない……。
「春になっても目をさまさなかったら、どうしよう」
思わず出たルリの言葉に、おばあちゃんはふっと静かに笑って応じた。
「楽しく泳ぎ回る夢を見たまま終わるのは、それで幸せかもしれないね」
ルリの腕はぞわ、と粟立った。寒いからではなかった。「ああ、ごめんごめん」おばあちゃんはハッとしたように手を伸ばし、ルリの背中をポンポンと柔らかく叩いた。
「大丈夫だよ。春がくればね、金魚はみんなちゃーんと起きてくるんだから。ルリちゃんが毎晩眠って、毎朝元気に起きられるのとおんなじ」
おばあちゃんの手が触れた辺りはジャンパー越しでもじわりと温かかった。怖い気持ちがそれで完全に消えたわけではなかったけれど、腕の鳥肌はおさまった。おばあちゃんに連れられてルリは家の中に戻った。
おばあちゃんの家に二泊して自分の家に帰ってきた夜、ルリは夢を見た。氷の下に閉じ込められ、横たわっていた。息苦しくはなかったけれど、ひんやり冷たい水の中では必死にもがいても指一本動かせない。お父さんとお母さんに挟まれて寝ていたはずが、今ルリの周りにいるのは十匹の金魚たちだった。どの金魚もひれをゆらゆらとなびかせ、水に身を任せて漂っている。ルリももがくのに疲れ、ぐったりと力を抜いた。金魚たちのひれが体をなで、なでられた体はどこまでも沈んでゆく感じがした。やがてぱちりと目を開くと、いつもの温かい布団の中だった。両側ではお父さんとお母さんが寝息を立てていた。
それから二か月半が経ち、小学校が春休みになると、ルリはまたおばあちゃんの家を訪ねた。すっかり水の
(了)