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第39回「小説でもどうぞ」選外佳作 眠りを妨げし者 あらいゆう

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第39回結果発表
課 題

眠り

※応募数355編
選外佳作 

眠りを妨げし者 
あらいゆう

 眠りについた矢先、それは始まった。
  ジャラジャラジャラ。
  おいっ、こっちによこせって。
  ちょちょ、それはないでしょ。
  ははは。まけた、まけた。
 麻雀である。とすれば、最低四人はいることになる。
 その四人の笑い声とパイを掻き回す音。まともに聞こえてくるから始末が悪い。
 目覚めた私は布団を頭から被る。それでも声と音は容赦なく聞こえてくる。そうだ、と耳栓を持っていたのではめてみた。
 だめだ。たかが百円均一のそれでは、耳栓であって耳栓の役割は果たしてくれないらしい。
 私は布団から出て立ち上がった。どうするべきか、思案するためだ。
 麻雀をすること自体、私は反対ではない。私自身も麻雀をするからだ。
 ただし、雀荘でするのが常だった。アパートでやれば他者に迷惑がかかるのは目にみえているからだ。
 つまり、いま隣人は私が遠慮してやってこなかったことを、平気で、堂々と、厚かましく、図々しくやっていることになる。それだけでも腹が立っていた。
 さて、どうすべきか。普通に考えれば、一言「騒がしいので静かにして欲しい」と言えば済むことだった。大抵の相手はそれで納得して、「どうもすみませんでした」と謝るはずだ。
 ただ、それをする勇気が私にはなかった。
 躊躇ためらうのには理由があった。数日前、同じ大学の後輩が、私と同じように隣人に「騒がしいから静かにして欲しい」と願い出たら、たちまち引きずり込まれてぼこぼこにされた、という事件があったからだった。
 怪我をしたこともあり、当然彼は警察に被害届を出したのだが、大学校内では大きな噂になっていた。
 被害者は私の学部の後輩だったから、事件の詳細を聞くことができた。
「ぼくはただ、静かにして下さいと丁寧にお願いしただけなのに、相手は『うっせんだよ』『てめー、ちょっとこい』と最初から喧嘩腰で、ぼくが何を言ってもだめでした。仕方がなく、諦めようと思ったら、四人がかりで部屋に連れ込まれて、あとは殴る、蹴るの暴行でした」
 顔面が腫れて、痛々しいまでの怪我に、私は「気の毒だったな」と声をかけるのが背一杯だった。
 警察によれば、相手は仲間内で飲んでいて、相当酔っていたらしく、警察にしょっぴかれてからは「悪いことをしました」と全員反省の色を見せていたらしい。
 ただ、それも「情状酌量の余地」はないに等しいだろう。何しろ酒の力に任せて、相手に暴行を働いたのだから。
 私がいま躊躇っているのは、その事件が背景にあるからだ。あの事件が無かったら、私はすぐさま怒鳴り込んだはずなのだが。残念である。
  ジャラジャラジャラ。
  ずるい、それはずるいよ。
  よっしゃ、ロン!
  こっちもだ、それっ。
 時間が経つに連れて、声も音もエスカレートしてきた。これではますます眠ることなどできない。
 さて、どうしたものか。
 そうだ。大家さんに電話してみたらどうだろうか。
 とっさに思いついて、私は大家さんの電話番号をプッシュした。なかなか出てくれなかったが、十回目に出てくれた。
「あっ、大家さんですか。森田です。ちょっと聞いてくださいよ、あのですね、隣が五月蠅うるさくて眠れないんですよ。なんとかしてくれませんか」。
「なんだい、あんた。いま何時だと思ってるんだね」。
「何時って、夜の十二時ですが」。
「非常識すぎやしないかね。それに、そんなもん、相手に『静かにしてください』って言えばいいだろうが」。
 がちゃんと電話が切られた。
 仕方がない。頼みの綱だった大家さんも、私の助けにはなってくれないらしい。こうなったら自分で解決するしかないのだろう。
「よし。わかった。こうなったら、こうするしかない」 
 私は立ち上がり、拳を握り、決意を固めた。明日は教養学部の講義のテストがあったが、そんなことは知ったことではない。
 数十分後、部屋には友だち三人が入ってきた。もちろん、私が電話をして呼び寄せたのである。眠気はとうに吹っ飛んでいた。
「今日はここで徹マンだ。雀荘だと思ってよろしく頼むぜ」
(了)