文豪・森鴎外の蔵書には、自ら購入した本以外にも多くの「献呈本」が含まれていた。これらの本には、著名な文学者や学者たちが鴎外への敬意を込めて贈った痕跡が残されている。文京区立森鴎外記念館では、2025年4月12日から6月29日まで、特別展「本を捧ぐ―鴎外と献呈本」を開催する。

本展では、東京大学総合図書館の「鴎外文庫」を中心に、鴎外に贈られた本や鴎外が贈った本約40冊が展示される。北原白秋、石川啄木、夏目漱石など、錚々たる文学者たちの名前が並ぶ献呈本からは、鴎外の幅広い人脈と交友関係が浮かび上がる。

展示の目玉の一つは、石川啄木の第一歌集『一握の砂』だ。表紙には「森先生に捧ぐ　著者」と記されており、若き啄木の鴎外への敬慕の念が伝わってくる。また、ドイツ留学時代の友人から贈られた『世界旅行記』には、ローマ字で鴎外の名前が記されており、国際的な交友関係も垣間見える。

鴎外自身も本を贈る側だった。展示では、鴎外が次女・杏奴に贈った北原白秋訳『まざあ・ぐうす』や、夏目漱石への贈本に対する礼状なども紹介される。これらの資料から、鴎外の家族愛や文学者同士の交流の深さを感じ取ることができるだろう。

本展の見どころは、単に有名人の署名や献辞を見ることだけではない。それぞれの本に込められた思いや、当時の文学界の人間関係、そして鴎外の多岐にわたる興味関心を読み解くことができる点にある。例えば、展示される医学書や哲学書からは、鴎外の知的好奇心の広さが伝わってくる。

また、本展では初出展となる貴重な資料も公開される。鴎外自身が私家版として印刷した『仮名遣意見』は、仮名遣い改定に対する鴎外の主張を記したものだ。この本には、大正9年に文学者・小島政二郎に「最後ノ一部」として贈られた際の署名と花押が残されており、鴎外の言語への関心と後進への思いが感じられる。

展覧会に合わせて、献呈署名本の世界や大逆事件と鴎外の関わりについての講演会も予定されている。これらのイベントを通じて、鴎外を取り巻く時代背景や社会情勢についても理解を深めることができるだろう。

「本を捧ぐ」という行為には、単なる贈答以上の意味がある。それは知識の共有であり、敬意の表明であり、時には思想の伝播でもある。本展は、一冊一冊の本に込められたそうした思いを丁寧に紐解き、森鴎外という巨人を人間的な側面から捉え直す貴重な機会となるはずだ。文学ファンはもちろん、歴史や社会に興味がある方にもおすすめの展覧会である。

出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000075036.html