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第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 未来の贈り物 小美ケンタ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第12回結果発表
課 題

贈り物

※応募数234編
選外佳作
 未来の贈り物 小美ケンタ

 平日の午後、大型リユース店の中は閑散としていた。山本萌は、電車で一時間かけてここまで来た。ここならバレないだろう。思わずニヤリとして右手に持つ大きな紙袋を見下ろすと、中にあるくたびれた毛皮のコートから、古びた墨汁のような匂いが仄かにした。
 やっとこいつが処分できる。萌は、はやる気持ちで店内を見回した。広い店内のちょうど真ん中あたり、天井から『買取カウンター』と書かれた看板が垂れ下がっていた。
 意気揚々と萌は、看板を目指して突き進んだ。カラフルな玩具が並ぶ棚の間の通路を抜けると、右前方に買取カウンターが現れた。
 有名ブランドのロゴが刺繍された水色のクッションがカウンターの上に置かれている。三十代ぐらいの女性客が、買取カウンターの前に座っていた。萌はその女性客の横顔を見た瞬間、足を止めた。やばい! 踵を返し、慌てて萌は玩具が並ぶ通路に戻った。
 昨年結婚した萌の夫の旭には、大和という兄がいる。女性客はその大和の妻の千晶だった。このコートを売ろうとしていることが千晶にバレたらマズい。悩んだ末に出直すことに決めて、萌は出口へ向かい始めた。
「萌さん、何を売りに来たのかしら?」
 突然、萌の背後から声がした。振り返ると、冷ややかに笑う千晶がいた。
「ねえ、その毛皮のコート、もしかしてお義母さまから頂いたものじゃなくって」
 千晶の言葉に、萌は凍りついた。
 資産家の家に生まれた姑の初子は、多くの不動産を所有している。萌夫婦や千晶夫婦が住んでいるマンションのオーナーも初子だ。
 この毛皮のコートは半年前、萌の誕生日に初子から頂いたものだった。元々は高級な品だったのだろうが、今では毛はボソボソと艶がなく、ヨボヨボのケモノにしか見えない。
 絶対に着ることはないこのコートを、萌は誰にも見つからないように処分したかった。
「まさか、そのコート売るつもり?」
 目を丸くして千晶がわざとらしく言った。
 ゴミには出せない。近所の店では千晶や初子に見つかる恐れがある。だから遠くまでやって来たのに千晶と出くわすなんて。
 ふと萌は、なぜ千晶がわざわざこんな遠くのリユース店まで来たのか、疑問に思った。千晶が持ち込んでいた水色のクッションを思い出して、萌はハッとした。
「お義姉さんが売ったクッション、確かお義母さまの家のソファの上にあったものよね」
 千晶の顔から笑顔が消えた。やっぱり。千晶は初子から貰った古いクッションを売りに来ていたのだ。萌はにんまりと微笑んだ。
 初子は、所有する莫大な財産を、二人の息子達のどちらかに、より多く相続させるつもりだと、おおっぴらに宣言している。それは初子のご機嫌を取らなければ、莫大な財産は手に入らないということだった。
 先月、初子の誕生日に萌は、無理して驚くほど高価なコーヒーカップを彼女に贈った。初子に気に入られるために萌は必死だ。それは千晶も同じはず。
「お義姉さん、今回のことはお互い、お義母さまには内緒にしましょうね」
 萌の申し出に、千晶は苦々しく笑った。
 萌は再び買取カウンターへ向かった。カウンターにはすでに先客がいた。派手で軽薄そうな金髪の若い男と、体の線を強調したピッチピチの服を着た若い女だ。女は派手な服には合わない、シックな色をした有名ブランドのマフラーを巻いていた。
 カウンターの上には、彼らが持ち込んだ真っ赤なコーヒーカップが置かれていた。
「萌さん、あのカップと同じものを、お義母さまにプレゼントしたんじゃない?」
 後ろから千晶の声がした。確かに、萌は全く同じものを初子に贈った。だが千晶は知らないはずだ。萌は無言で千晶を見つめた。
「あの女が巻いているマフラー、私がお義母さまに贈ったものよ」
 まだ萌は、状況が飲み込めなかった。
「三年前にお義父さまが亡くなってから、お義母さまはホストクラブに通い始めたのよ。ほぼ毎日。たぶん今、あの男にハマっていて、あいつにいろいろと貢いでいるんだと思う」
 初子は、私たちからのプレゼントをあの男にあげたのだ。萌の口が半開きになった。
「お義母さまは隠しているけど、大金をつぎ込んだせいで、ビル一棟を手放したみたいなのよ。このままじゃ財産が減る一方だわ」
 千晶は長いため息をついた。
 これは緊急事態だ。萌は焦った。将来、貰えるものも貰えなくなってしまう。どうにかしなければ。萌は急いでスマホを取り出すと、カウンター前の二人を隠し撮りした。
「とりあえず証拠は残しておきました。お義姉さん、今こそ、私たちが力を合わせて、財産を守らなければ……。未来のために」
 萌は千晶の目をまっすぐに見た。
 それに応えるように千晶は力強く頷いた。
(了)