公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」発表 高橋源一郎&河﨑秋子 公開選考会

タグ
小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
結果発表

選考会では両先生が交互に感想を言い合い、採点しています。作品の内容にも触れていますので、ネタ割れを避けたい方は下記のリンクで事前に作品をお読みください。

1951年、広島県生まれ。1981年『さようなら、ギャングたち』でデビュー。すばる文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、文藝賞などの選考委員を歴任。

1979年、北海道生まれ。2012年、「東陬とうすう遺事いじ」で北海道新聞文学賞を、14年『颶風ぐふうの王』で三浦綾子文学賞を、24年『ともぐい』で直木賞を受賞。

結末までの全部が伏線、
それはよかったが、
歌詞が……
説明を削れば、夫の
ことがもっと書けた
―― 最初の作品は「桐の箱」(羊子)です。

高橋父親が亡くなり、葬儀は大変なので母親を手伝うことになり、実家にしばらく泊まることになります。夫に化粧品を持ってきてくれと頼むと、布で覆った桐の箱を持ってきて、差し入れを持ってきたのかな、気が利くなと思っていると、夫は何を持っていけばいいかわからず、鏡台の引き出しをそのまま持ってきたと言う。気が利くような利かないようなという夫ですが、つまり、贈り物ではないのに贈り物だと思いこんだという話ですね。ほのぼのとしたいい話だと思いました。△プラスです。

河﨑前半は説明が淡々としすぎているところが惜しいなと思いました。わかりやすく丁寧な描写でしたが、父親が亡くなってから葬儀社と打ち合わせをするまでで紙幅の半分を使ってしまうのはもったいないですね。それなら亡くなった父親のことに言及したり、オチに合わせて夫はいい人だとか朴念仁だとか、どんな人なのか書いておけば、引き出しごと持ってきたというおかしさを引き出せたかなと思います。△です。

―― 2番目は「神さまからの贈り物」(中島咖哩)です。

河﨑物語はコウちゃんという犬の視点で進みます。コウちゃんは亡くなった息子さんの生まれ変わりです。天国で神さまにお願いし、一度だけ、かつ別の生き物という条件で生まれ変わります。人間のときの記憶はありますが、そのことは両親には伝えられず、最後は犬の寿命のほうが短いという残酷さと切なさを噛み締めながら亡くなります。
 物語としては破綻もないし、まとまっていますが、語り手が幼いのは仕方がないとしても、内容まで幼く引っ張られてしまっているかなと思います。水族館の分厚いアクリルガラスのような、距離を置いてなおかつ鮮明にするような仕組みと描写が欲しいと思いました。△マイナスです。

高橋何が足りないかというと、犬の描写が欲しいですよね。犬についてほとんど書かれていなくて、犬である必然性があまりない。それが仕掛けであれば問題ないですが、犬という設定のみでは小説としては寂しい。ということで僕も評価は△マイナスです。

―― 3番目は「さよならのステージ」(桜坂あきら)です。

高橋最近、バンド小説をいくつか読んでいて、だいたいこういう設定ですね。リーダーがダメ男で、浮気して、長い間、苦労かけた女性を裏切るというお話です。いわゆるバックステージものですね。 この作品では浮気したボーカルの男性と別れ、最後のつもりでライブに行きますが、男性は「今も君を想っている」というバラードを歌う。意外なのは結末で、ライブ終わりに楽屋に挨拶に行くと、「私のために曲を作ってくれた」と思ってお礼を言いにきた女が二人いて、主人公は三番目に並んでいると気づきます。結末までの全部が伏線なんですね。歌を贈られたと思っていたら、男性はみんなに贈っていたと。この皮肉なところが好きで、最後、主人公があっさりと帰ってしまうところもいい。〇にするならこれかなと思いましたが、△プラスとします。

河﨑大学の3回生のときから4年付き合ったとか、ライブで感動して化粧が流れてしまったとか、ディテールはいいなと思いましたが、それだけに肝心の曲の歌詞が。これでは泣かないなと。曲がつけば別という前提はあるにせよ、言葉で元カノの心を引き寄せようと思うのだったら、歌詞にもワンひねり欲しいですね。△です。

高橋確かにこの歌詞はダサい。でも、僕は逆にダサくて好き(笑)。

全作品中、唯一、
文体意識があり、
細部も書けていた
意味はわかるが、
すっきりしない
―― 4番目は「万年筆を返しに」(辛抱忍)です。

河﨑小学校の同級生が会いにきて、当時、盗んだ万年筆を返しにきたと言う。その後、彼に会いに行くと、前に会ったときはすでに亡くなっていたことが判明するというシンプルなストーリーです。 内容も破綻なく、淡々としていてかつわかりやすいですが、この話は万年筆でなくても成立します。実際に盗まれた万年筆は紛失してしまい、違うものを買ってきたという雑さも気になりますし、ストーリーラインがベーシックすぎて、結末がわかってしまうのも惜しい。△マイナスです。

高橋淡々とした話で、幽霊の恩返しというのはいいとして、最後、〈そんなことを考えているうちに、私の両目から涙が溢れ出てきた。〉と泣くのはやめてほしい。この一文でお涙頂戴の話になってしまいました。最後の1行はなくていいです。△マイナスです。

河﨑最後に飾り塩できれいにしようとして余計に塩を振ってしまったみたいな感じですかね。

―― 5番目は「不幸のギフト」(浦川大正)です。

高橋不幸のギフトが届きます。ギフトはハムでした。3人に贈らないと不幸になると書かれていますが、主人公は食べてしまう。すると1週間後に「ハムにされてぇか!」と脅される。それで主人公は自分宛てに送りますが、これをくり返し、6561個送ったところでギブアップし、ここで話は一転、主人公はハムを送る側になっている。これが社会的孤立者の就労支援事業の一種になっているというのですが、なんかすっきりしない。意味はわかるのですが、この設定が僕の中に入ってこなかったので、いいのか悪いのか判断保留状態で、△クエスチョンです。

河﨑QRコードがついているとか、1箱3000円を3箱贈るとか、「オラァ! ハムにされてぇか!」というちょっと現実離れした感じとか、はしばし面白いんですよね。それで最終的に主人公がその話に乗ったおかげで引きこもりから脱せたというやや斜め上のオチもいいなとは思います。 ただ、アイデアはすごくいいのですが、素材がうまく噛み合っていないというか、物語にするときに補助線が一、二本足りてない気がします。あと数枚あれば、完成度が上がったと思います。〇に近い△プラスです。

―― 6番目は「数えたら、俺の負けだ」(紅帽子)です。

河﨑妻と共同経営者の友人が会社の金を持ち逃げし、全財産を失った主人公は半年、飯場で働き、167万5246円を貯める。それを持って港町に着いたとき、お金が全部風にさらわれてしまいますが、周りにいた人たちが拾い集めてくれる。本当に全部戻ってきたのかなと思うが、カウントしたら負けだと思い、その町に根を下ろすことに決めるという話です。
 札束が風で飛ばされるかなという点は気になりますが、意外なほど読後感がよかったです。満面の笑みでみんなやってくるところとかが面白いなと思うのと、「数えたら、負けだ」という結末を持ってきたのはなかなかのセンスだと思います。評価は〇です。

高橋ハードボイルドというか、べらんめえ調というか、文体がいいですね。この小説にも人物にも合った文章です。全作品中唯一、文体意識があります。飛び散ったお札をみんなが戻してくれるという説得されにくいシチュエーションではありますが、「気をつけなせえよ」「お兄さん、景気いいねぇ」と老婆やおっさんの会話を書いているのがいいですね。△プラスです。

河﨑若い女性がお札を無言で手渡したあと、〈ふっと微笑んだ。〉もいいですね。

高橋細部が書かれているんです。

河﨑敢えて言えば、最後の一文はどうにかしたい。セリフで終わってもよかったと思います。

出来事があった結果、
どんな変化があったかを
書いてほしかった
実害のない悪意から
実害が起きてもいい
―― 7番目は「生死ガチャ」(八村こういち)です。

高橋前夫からガチャマシンが届き、今の夫と結婚記念日にガチャを回してカプセルの薬を飲めと。これが前夫との離婚の条件でした。それで飲み続け、20年目に金色のカプセルが出たのでいよいよ毒薬だと思って飲むけれど、なんともない。実はカプセルは毒薬ではなく媚薬で、それで夫が鼻息を荒くして迫ってくる。ちょっと無理やり感が漂っています。△です。

河﨑現実的に考えると、バカ正直にカプセルを飲むかなと。それより女性の視点を入れ、結婚20年ではもう夫に興味はなく、むしろ触るなぐらいになっていたから、いきなり襲いかかられて恐怖だったとか、夫は妻の分まで媚薬を二つ飲んでいますので、年齢的に無理してしまい腹上死するとか、ガチャの贈り手の意識の向こう側の結末にしてもよかった。△です。

高橋毒薬は入れていなかったのだから悪意はないんですが、毒薬があると20年間も思わせるのは、それはもう悪意だよね。

河﨑実害のない悪意ですが、それならば実害のない悪意から実害が発生するとかでもよかったかもしれませんね。

―― 最後は「機械の体」(ササキカズト)です。

河﨑20歳の誕生日を迎えた主人公が起きてみると、機械の体になっている。作中の世界では普通のことで、これは母親と義理の父親からの贈り物でした。主人公はこの二人が実の父親を殺したと疑っていて、それで母親に記憶の植え付けをされる。しかし、うまくできていなかったので、母親は脳の破壊ギリギリまで再度記憶を植え付けようとする。ここで夢から覚め、一回どんでん返しがあり、最後にさらにどんでん返しがあります。断片的にヒントを与えていく感じで、この長さでどんでん返しを二つ入れたのはすごい。〇に近い△プラスです。

高橋これは「ハムレット」ですね。お母さんが王妃ガートルードで、再婚相手がクローディアス、お父さんのメッセージは亡霊になった王のメッセージです。
 最初、母親から贈り物をもらい、最後に父親からそれを否定する贈り物をもらっているところが面白い。ただ、最後、陰謀の詳細と記憶の植え付けの解除方法が記されていたという説明で終わっています。これでは弱い。この先を書いてほしかった。解決しなくてもいいけど、なんらかの変化が欲しい。評価は△です。

―― 「数えたら、俺の負けだ」は河﨑先生が〇、高橋先生が△プラスで、総得点でも1位です。

高橋それでは「教えたら、俺の負けだ」を最優秀賞とします。