第44回「小説でもどうぞ」佳作 おじいちゃんの覚悟 翔辺朝陽


第44回結果発表
課 題
習慣
※応募数384編

翔辺朝陽
朝六時半、ラジオの大音量で目を覚ます。おじいちゃんの部屋からラジオ体操の音楽が流れてくる。一分でも長く寝ていたいわたしは頭から布団をかぶり、耳をふさぎながら叫ぶ。
「うるさーい! もういい加減にして!」
わたしのおじいちゃんは毎朝ラジオ体操をするのが習慣になっている。ラジオの音で目が覚めてしまうので音を小さくしてほしいとさんざん頼んでも聞く耳を持たない。それどころか、「咲希も中学生になったのだから少し早起きしたらどうだ」と逆に説教される始末。
――おじいちゃんの家になんか引っ越してこなければよかったのに……。
わたしは心の中で両親を恨んだ。
おじいちゃんは十年前におばあちゃんを事故で亡くしてからずっと一人で住んでいたのだけれど、老人の一人暮らしを心配したおとうさんが、おじいちゃんと同居するために実家をリフォームして、そこへ家族ごと引っ越してきたのだった。
おじいちゃんと同居してからわたしのイライラはつのるばかりだった。暇を持て余していたおじいちゃんは、事あるごとにわたしに干渉してきた。飽きっぽくて何事も長く続かないわたしに、「咲希は覚悟が足らん」と言っていつも説教された。
――おじいちゃん、うざい……。
いつしかおじいちゃんのことが嫌いになっていた。説教されるたびに悔しくて、いつかおじいちゃんの鼻を明かしてやりたいと思っていた。
おじいちゃんにはもうひとつ毎日欠かさずやっていることがあった。午前中の散歩だ。
おじいちゃんは毎日必ず一万歩は歩いているぞと得意顔で自慢していたが、わたしは怪しいと思っていた。なぜなら平日の午前中は誰も家にいないし、ましてや今の梅雨時、雨の降る日にも必ず一万歩も歩いているとは到底思えなかった。
わたしはある雨降りの日曜日、秘かにおじいちゃんを尾行することにした。おじいちゃんは合羽を着こむと颯爽と家を出ていった。わたしは後をつけながら、おじいちゃんはきっと近くのカフェにでも入って時間をつぶすに違いないと踏んでいた。
住宅街を抜け三十分ほど歩いただろうか、片道一車線の道路に出た。おじいちゃんはそこで急に歩くスピードを緩めると、横断歩道のところで立ち止まった。わたしが物陰からじっとして眺めていると、おじいちゃんはその場で合掌した。
わたしは何か見てはいけないものを見たような気がして尾行したのを少し後悔した。
その後、おじいちゃんは十分ほど歩いて広い公園に着くと、園内をぶらぶらしてから来た道を逆にたどり帰途についた。家に着くとすでに二時間ほど経っていた。歩数にして確かに一万歩は超えていたようだった。
午後になり、おじいちゃんが部屋で昼寝をしている隙に両親に今日見たことを話した。
すると話を聞いた両親はしばらくお互いに顔を見合わせると、おとうさんが口を開いた。
「その横断歩道でおばあちゃんが事故にあって亡くなったんだ……」
初めて知る事実に呆然としていると、さらに続けて、
「咲希がまだ二歳の頃だ。あの日、平日に保育園が休園になってな。その日は私もおかあさんもどうしても仕事が休めなくて、親を呼んで咲希の面倒を見てもらうことにしたんだ」
「あなた、それまで言わなくても……」
おかあさんがあわてて話の腰を折ろうとするとおとうさんが、
「いや、いいんだ。咲希ももう中学生だ。話せばわかるよ」と諭した。
おとうさんはわたしのほうに向きなおると真剣なまなざしで話し始めた。
「あの頃、おじいちゃんとおばあちゃんは二人で公園に散歩に行くのを何より楽しみにしていたんだ。それこそ雨が降ろうが槍が降ろうがね。そんなことも知らずに咲希を見てもらおうとして……。でもおじいちゃんは、咲希がおじいちゃんによく懐いていたのとおばあちゃんに大好きな散歩に行かせてあげようとして自分だけ咲希の面倒を見に家に来てくれたんだ。それでおばあちゃんが一人で散歩に行って……」
わたしはショックで固まった。
――おばあちゃんが亡くなったのはわたしのせい? だからおじいちゃんはわたしを恨んで冷たく当たるの? こんな話聞きたくなかった……。
いろいろな思いが頭に渦巻いて気分が悪くなった。
そんなわたしの様子を察してか、おとうさんはさらに続けて言った。
「でも咲希、誤解しないで欲しい。おじいちゃんは喜んで自分から進んで咲希の面倒を見てくれた。これだけは確かだ。おじいちゃんは咲希のことが可愛くてしかたないんだ」
「だったらどうして毎日あそこで手を合わせているの? おばあちゃんと一緒に行かなったことを後悔しているんじゃないの?」
半分泣き声になっていた。すると今まで黙っていたおかあさんがきっぱり言った。
「それは違うよ。前にね、おじいちゃんが私に話してくれた。恥ずかしくて息子には言えないけど、毎日散歩に行くのはおばあちゃんに逢いに行っているんだってね。だから一日も欠かせないんだって照れながらのろけてたよ」
「えっ、そうなの? なんだオヤジのやつ、おかあさんにだけ……」
おとうさんがいかにも悔しそうに言ったので、三人の頬が少し緩んだ。
翌日からわたしは朝、おじいちゃんと一緒にラジオ体操をすることにした。
おじいちゃんは理由も聞かずにうれしそうに、
「一度やると決めたら途中で投げ出したらいかんぞ。覚悟は出来ているな」とハッパをかけた。
わたしは一言「うん!」と力強く返事をした。
(了)