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第46回「小説でもどうぞ」選外佳作 自己肯定感が低そうな女 西方まぁき

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小説
小説でもどうぞ
第46回結果発表
課 題

試験

※応募数347編
選外佳作 

自己肯定感が低そうな女 
西方まぁき

「自己肯定感が低そうな女を狙え」
 オレがナンパ塾で教え込まれたことだ。
 間違っても男慣れしていそうなイケイケ女子などに声を掛けてはならない。
 オレがナンパ塾の門をたたいたのは三か月程前。
 今日は、ナンパ塾の卒業試験の日だ。
 授業で習ったナンパ師のマル秘テクニックを存分に発揮する機会だ。
 週末、多くの人が行き交う駅近くの繁華街に立つ。
 服装は硬すぎず、砕け過ぎず。
 ブランド物のスーツだがノーネクタイ。
 髪型は美容室でスタイリストと相談して最新のトレンドのスタイルにしてもらった。
 髭も体毛も永久脱毛し、眉毛サロンで眉も整えた。
 ナンパ塾の学費も含め、既にかなりの金額をつぎ込んでいる。
 これらは決して無駄な出費ではなく投資なのだと自分に言い聞かせる。
 思い返せば半年前、オレは結婚詐欺に遭った。
 SNSにあげたオレが筋トレする写真を見た見知らぬ女からメッセージが届いた。
「あなたのようなステキな方に出会ったことがありません」
「あなたこそ運命の方だと直感しました」
 オレの自尊心をくすぐるメッセージがこれでもかこれでもかと送られてきた。
「結婚を前提にお付き合いしたいです」
 送られてきた相手の写真はピチピチの水着姿の金髪の美女だった。
 日本に留学していた経験があるので日本語が堪能だという。
 大量のメッセージをやりとりして心が打ち解けたあと、
「あなたに逢いたい気持ちを抑えることができません。日本に行くことを決意しました」
「そのためにはお金が必要です。あとで必ず返すので一時的に立て替えてもらえませんか」
 オレは求められるがまま数回に分けて指定された口座に金を振り込んだ。
 そして、ついに、その日がやってきた。
「今、成田空港に到着しました。もう少しであなたに逢えると思うと嬉しくて気が狂いそうです」
 このあと、思いがけないメッセージが届いた。
「入国手続きでトラブルが発生してしまいました。解決するにはお金が必要です」
 オレはすでに女のために貯金を使い果たし、サラ金に借金までしていた。
 逢いたいのはやまやまだが「これ以上、金は出せない」とメッセージを送るとプッツリと連絡が途絶えた。
 友達に話したところ「それは詐欺だ」と言われた。
 慌てて警察に駆け込んだが「貢いだ金を回収するのは九分九厘不可能だろう」と言われた。
 その時、オレは誓ったのだ。
 もう二度と女なんかに騙されるものかと。
 今度はオレが騙してやる番だと。

 駅に向かう人々の中に、まさにターゲットのイメージに近い女が歩いて来た。
 歩調はゆっくりだ。
 暗い表情。
 俯き加減でパンプスを引きずるように歩いて来る。
 長い髪。
 白いブラウスに紺色のスカート。
 中肉中背の普通の体型だが胸はそこそこの大きさだ。
 マスクをしているので顔はよくわからないが、目は大きめ。
 全体的なスペックはオレの許容範囲に収まっている。
「ひとり?」
 タイミング良く小雨が降り始め、オレは女に後方から近付き、ビニール傘を差し出した。
 女は驚いたようにオレを見上げた。
 じっとオレを見詰めたあと、ハラハラと涙を流し始めた。
 一瞬うろたえた。
 失恋したばかりなのだろうか。
 もしかして、オレの顔がそいつに似ているとか?
「大丈夫?」
 女はコクンと頷いた。
「良かったら、そのへんで……」
 と言いかけた時、女は傘を持つオレの腕をグッと掴んだ。
 その力が思いのほか強かったことに若干動揺していると、女はオレをグイグイと路地裏へ引っ張って行った。
「なじみの店があるの」
 女に連れて行かれたのはカウンター席だけの小さなバーだった。
「注文は私に任せて」
 女は慣れた様子で、バーテンダーに飲み物や料理を注文した。
 ツマミが目の前に置かれ、女が目の前のグラスにシャンパンのようなものを注いだ。
「かんぱ~い!」
 促されるままに一気に飲み干したあとの記憶はない。
 気が付くとオレは路地裏のゴミ箱を枕に爆睡していた。
 ボォッとした意識の下、ポケットの中で何かが振動している。
 震えるスマホを手にとるとメッセージが届いていた。
「不合格。もう一期、受講していただきます。受講料は……」
 オレの申し込んだナンパ塾は入塾したら最後、試験に合格するまで、永遠に卒業できないシステムになっている。
 抜けたくても、渡した個人情報を人質に、料金を払い続けなければならない。
 恐らく、さっきの「自己肯定感が低そうな女」は塾が雇ったのに違いない。
(了)