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第46回「小説でもどうぞ」選外佳作 Devil made me do it 13ramda

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小説
小説でもどうぞ
第46回結果発表
課 題

試験

※応募数347編
選外佳作 

Devil made me do it 
13ramda

 疲れた身体で屋外の喫煙場所に辿り着いて、かぼそい灯を浴びた脚付半缶吸殻入れを見るや、声に出すつもりではなかった言葉が彼の口から飛び出した。
「結局、残業じゃあねぇかっ……まったく!」
 作業着の胸ポケットから取り出して一服、嘆息とともに煙を吐き出して、どこにも出せそうにない不平不満を、頭の中で別なモノに変換しようと試みる。
 ケイヤク・ハケンの辛いところだ。
 ストレスを感じたら、『まぁいっかー』と、烏賊の姿を思い浮かべながら、溜め込まないようにしている。
 でも、今日に限って脳裏を悠々とたゆたう烏賊は、若い頃に夢中になってプレイしていたゲームのボスキャラだ。
 攻略に苦労したネオンライト、機械仕掛けのイカ戦艦が容赦ない弾幕で、彼の自機を追い詰める。そんな青春メモリアルで、ストレスは軽減しそうにない。
 むしろ、何考えてんだオレ? と小さな自己嫌悪が沸き立つ始末。
 煙草の先、未だにぶらさがる灰が勝手に落ちた。
 床が汚れようと知ったことか、と思う。
 勤務する現場の、次回の契約更新なんか誰がしてやるもんか、と強く念ずる彼だった。
 そんな決意が芽生えたにも関わらず、喫煙所にやってき女……彼が所属するチームのリーダーだ。
 三十路手前の小柄な、ポニテが似合う丸顔の彼女はというと、大きなバッグを抱えて、帰り支度は整えられている。
「あぁー、居た居た、やっぱり居た。まだ帰らないの?」
 今日の業務及び残業に対する一連のドタバタに関して、問い詰めたい。
 彼の頭の中で、嫌味と皮肉と悪態が、あの烏賊の戦艦とともに一気に並んだ。
 こらえて、無言で、紫煙を噴き出させるふりをして、そっぽを向いてみる。
「あのさぁー、ちょっと聞いていい?」
 いきなり疑問文が飛んできた。何か聞いてくる前に、『今日はオツカレ』とか『残業、アリガト』くらい先に言え、と思いつつ、彼は缶に灰をゆっくり落とす。
「なんすか?」
「結婚って、契約なの?」
 何を聞いてくるかと思えば、結婚ときた。
 彼は、真顔の彼女を見つめながら、眉をしかめる。
 思えば、職場では業務上でのヤリトリしかしたことがない。雑談らしい雑談は記憶になかった。ひょっとすると、初めて。
 残業の後、ひとり喫煙所で煙と戯れるところに、わざわざやってくる彼女のこと。何を考えているのか、わからない。
 だから彼は、煙草を一本、勧めてみる。
「ありがとぉー、久々に吸うわぁ」
 遠慮なく、一本を口にくわえる。その指先を彼は凝視する。なるほど、慣れた動きだ。
 火を点けてやる。吐き出した二つの煙が混ざり合って、かぼそい灯に消えてゆく。
 ようやく彼は口を開いた。
「なんすか?」
「だからぁ、結婚って契約なの?」
「いきなり何の話っすか?」
 独身で、結婚なんか縁も運も何もなさそうな彼に、唐突に聞いてくる話。
「だって! あなた、カテキョやってたんでしょ? 先生って呼ばれてたんでしょ? 質疑応答、得意でしょ?」
 会話が噛み合ってない。業務中は、わりとマトモな人だと思ってたのに。否、彼の前職のことなんか誰にも話したことはなかったような。
「あ、そうだ、これ、あげるんだった」
 と、彼女はいきなりバッグをごそごそやると、缶珈琲を取り出し、渡す。
「ブラック、飲まないんすけど」
「知ってるわよ」
 彼の頭の中、例の烏賊の戦艦が別方向からの迫撃で撃沈された。
 頂いた缶珈琲をポケットに押し込むと、
「何年か前に、そんな感じのドラマあったすね」
「それもあるけど、それじゃないの」
「配偶関係の締結っていうくらいだから、契約ってことなんじゃないんすか?」
 そして彼は煙草を丁寧に缶の角で消火する。
「なんでよ?」
「契約のときにしか『締結』って言葉、聞かなくないすか?」
 彼女は、少しだけ微笑んで、
「なるほどねぇー、そういう考え、嫌いじゃない」
 なんなんすか、さっきから? と、言いたい彼。
 代わりに、
「誰か結婚するんすか?」
「しないわよ」
「じゃ、話はここでおしまいっす」
「ちょっと、なんでよぉー、ちゃんと答えてないじゃないっ」
「まぁ、きちんとした回答ってことなら」
 彼は、素早く、もう一本。再び、煙が舞う。
「カテキョやるんで、俺と契約することになるっす」
 すると彼女はけらけらと甲高い声で笑った。
 予想外の声の大きさに、彼は一歩後ずさった。
 彼は煙草の先を見つめる。
 細い煙が揺れている。
「でも契約って、あんた! そんなことで煙に巻くつもり?」
「ここ、喫煙所なんで。煙しかねえっす」
 彼女は、さらに笑う。気持ちの良い笑顔で。
「やっぱり、笑うとストレス発散できるわぁ、ありがとね」
 彼女が煙草を消す。
 晴れやかな笑顔が、彼の目の前にある。
「じゃ、これで契約更新の面談、終了」
「もしかして、今日は忙しすぎて面談、忘れてたんすんか?」
「じゃ、おつかれ。アナタも早く帰りな」
 彼は会釈だけする。もう一本、吸うつもりだ。
 去り際に彼女は、こう言った。
「来月もよろしくね」
 彼は煙草に火を点けながら小さく呟く。
「まぁいっかー」
(了)