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第53回「小説でもどうぞ」佳作 懺悔のループ 和田直子

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小説
小説でもどうぞ
第53回結果発表
課 題

※応募数466編
懺悔ループ 
和田直子

 町はずれの小さな教会には懺悔ざんげ室があった。小部屋の中は薄暗く、司祭と信者の間は、互いの姿が見えぬよう板で仕切られている。ここは信者たちが己の罪を告白し、神の赦しを得る場所である。
 木枯らしが吹く中、この日もある信者が罪を告白しにやってきた。
「あぁ神父様、愚かな私の話を聞いてくださいますか」
「えぇ、もちろん。さあ、あなたの罪をお話しなさい」
 信者の男が司祭に問いかけると、優しい声が返ってきた。
「私は見ず知らずの人の家に勝手に入り、焼き立てのクッキーをすべて食べてしまったのです。我慢できませんでした。最近、火事で何もかもを失い、腹が減って仕方がなかったのです」
「おぉ、なんと哀れな。しかし、空腹は命にかかわります。誰があなたを責めるでしょう。父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪を赦します」
「ありがとうございます、ありがとうございます。アーメン」

 休む間もなく、また信者が懺悔室に入ってきた。そして、自身の過ちを話し始めた。
「僕は友人を殴ってしまいました。なんの罪もない友人を」
「どうしてそんな野蛮なことを?」
「その友人が、母の焼いてくれたクッキーを盗んで食べたと思ったのです。でも、それは友人の仕業ではありませんでした。だって、彼は卵アレルギーなんです。クッキーを盗むはずがありませんでした」
「友人に誠心誠意謝罪し、悔い改めれば、神もあなたをお赦しになるでしょう」
「はい、そうします。アーメン」

 次にやって来た信者の男は、口元を痛めていたらしく、話しづらそうにしていた。
「先日、友人に殴られてしまって、口が腫れているんです。だから、聞き苦しいかもしれません。それでも聞いてくださいますか、神父様」
「暴力はいけない。しかし、あなたは何をしたのですか?」
「突然殴られたんです。クッキーを盗んだだろうって。でも、俺はクッキーなんて盗んでいません。アレルギーで食べられませんから。それで、疑いは晴れました。でも、俺はクッキーじゃなく、あいつの家の金を盗んでいたんです。今日はその罪を告白しに来たんです」
「なんとまあ」
「愛する人のために金を使っていたら、生活まで苦しくなってしまい……」
「恋は人を狂わせます。これからは気をつけなさい」
「えぇ、もう彼女のことは忘れます」

 次に来たのは女の信者だった。美貌を思わせる麗しい声で話し始めた。
「神父様、私は悪い女です。夫がいるにもかかわらず、独り身と偽って若い男にたくさん貢がせていました。夫は私が男と会っていることを知りません。ひどい裏切りです」
「深刻な罪だ。それゆえに、告白するには勇気が必要だったことでしょう」
「それでも告白しなければなりませんでした。お腹に子どもがいるのです。こんな恥ずかしい母親と知ったら、子どもが悲しむでしょう。子どものためにも神様に赦していただきたいのです」
「なるほど。それならばこれまでのことを悔い改め、子どものために生きなさい」
「はい、命を懸けてこの子を守ります」

 その日、最後にやってきた信者の男はひどく落ち込んでおり、弱々しく語りだした。
「私は警察官としてあるまじきことをしてしまいました。指名手配犯を見逃したのです。人の家から金品を盗み、放火までした凶悪犯をわざと取り逃がしたのです」
「なにか訳があったのでしょう?」
「はい。犯人から金を渡されました。賄賂ですよ。それに目がくらんでしまったのです。妻が妊娠しましてね。子どもは金がかかるでしょう? しかも、このごろの妻は金遣いが荒いようで、高いバッグやアクセサリーを身に着けるようになっていたから、余計にね」
「生きていくためには、金が要りますからね。それに、考えようによっては、その犯人を助けたことになる。あなたは善い行いをしたのです」
「えぇっ、そうでしょうか」
「そうですよ。だから気に病むことはない。神はあなたを赦すでしょう」
 司祭の言葉をなんとか受け入れた信者は、教会を出ていった。

 ようやく落ち着いた懺悔室で、男がつぶやいた。
「ふう、なんとか乗り切ったぞ。神父のフリをするのも楽じゃないな。しかし、あの警官、二度も俺を見逃すとはまぬけな奴だ」
 男は乾いて固くなった泥を払いながら、続けて愚痴をこぼす。
「それはそうと、あの神父の死体をどうしたものか。とりあえず教会の裏に埋めてみたが……。まあ、それは明日ゆっくり考えるか」
 懺悔室から出て大きく伸びをした凶悪犯は、解放感から笑みをこぼした。
「へへっ、みんな自分だけ赦してもらおうだなんて、卑しい奴らめ。神が赦しても、俺が許さねえ。みんな俺と一緒に地獄へ落ちるんだ」
(了)