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第53回「小説でもどうぞ」佳作 無罪放免 矢宮順晴

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小説
小説でもどうぞ
第53回結果発表
課 題

※応募数466編
無罪放免 
矢宮順晴

 男は多くの罪を犯している。それ故に街中の人間から恐れられている、悪名高い男だ。
 道の角を曲がったとき、突然の男の登場で避け切れなかった通行人が、男と肩をぶつけてしまった。その瞬間、男の拳が通行人の顔面にめり込んだ。許して下さい、と懇願する通行人の言葉に、男は全く耳を貸さない。怯える通行人に馬乗りになり、二発目、三発目を浴びせ、左右の頬が腫れ上がっていった。
 意識を失った通行人から財布を奪い取ると、男はそのまま腹ごしらえへと向かった。牛丼チェーン店に入り、牛丼の大盛り、お新香、豚汁、生卵、ビールを注文した。平日の朝十時だが、男は定職に就いていないから、自由気ままにアルコールを摂取することができる。
 短気な男は、美味くて、早くて、安い、この三拍子が揃っている牛丼屋が好きだった。おまけに今日は、品物を持ってきた女の店員が男好みの美人だった。男は、配膳を済ませてバックヤードへ戻ろうとする店員の手首を掴んだ。仕事が終わったら、俺とデートしろと話を持ちかけた。当然、女はそれを拒否した。女の左手薬指には、光り輝くリングが嵌められていた。
 旦那なんかより俺の方が満足させてやれるぞ、と男は下卑た笑みを浮かべた。他の店員が警察を呼ぼうとしている声が聞こえた。男はカウンターを乗り越えて、電話をかけようとしていたおじさん店員の腹を殴って、電話機を床に叩きつけて、壊れるまで足の裏で踏みつけた。男以外の客は、全員逃げ出してしまった。
 こっちに来い、と男は女を無理やりバックヤードへと連れ込んだ。すると、『休憩室』と印字されたプレートが貼られたドアが男の目に入った。ちょうど良い場所があるなと、男は高笑いをした。女の背筋は凍り、恐怖で身動きが取れなくなっていた。休憩室の中に、男と女の姿は消えていった。
 人間の三大欲求のうち、二つを牛丼屋で満たした男は、レジに入っていたお金を盗み、競馬場へと来ていた。男は酒と女とギャンブルをこよなく愛していた。万馬券を当てたときの、アドレナリンが無限に放出されているような感覚に、男は病みつきになっていた。
 しかし、男にギャンブルの才能はなかった。盗んだお金は数時間も経つと、ただの紙切れの束に変わっていた。怒り心頭の男の横で、今夜はパーティーだと呟いている老人がいた。競馬場に不釣り合いなスーツ姿の、紳士然とした老人だった。
 男はその老人の後をついていった。換金を済ませて、老人が外へ出た。人通りの少ない路地裏へと老人は吸い込まれるようにして入っていった。男は好都合だと思い、こんな幸運なことはないと、信じてもいない神様へと手を合わせた。なぜなら老人の懐へ入ったお金は、かなりの大金だったからだ。今夜パーティーなのは俺の方だと、男は鼻息を荒くした。
 老人を腕力で黙らせようと意気込み、男も路地裏に足を踏み入れた。すると、男の眉間に銃口が向けられていた。銃を握っていたのは、さっきの老人だった。
「ゲームオーバーだ」
 抵抗する間もなく、銃弾が男の頭を撃ち抜いた。視界が血液によって赤く染まった。男にはもう何も見えなかった。

「ああ、くそ。やっぱり罠だったじゃないか。お前が大丈夫だって言うから」
 真っ赤な文字で「ゲームオーバー」と浮かんでいるテレビ画面を見つめながら、青年がぼやいていた。
「ごめん、ごめん。まさかいきなり拳銃とは思わなかった。でも、このゲーム結構面白いだろ。まだ規制も緩い時代のソフトだから、やりたい放題でさ。今の時代、軽犯罪だけですぐに拡散されて、永遠に重罪人扱いだろ? こういう古き良きゲームの世界で発散しないとストレス溜まるじゃん」
 もう一人の青年が今度は俺にやらせろと、ゲームのコントローラーを握った。
「確かにそうだな。オフラインのゲーム世界なら、どんな悪逆非道なことしたって無罪放免だよな。昔は良い時代だったんだな」
「このゲームこそ平成レトロだよな。さ、犯罪行為しまくるぞ」
 ゲームオーバーの文字の下に、コンテニューと表示されていた。どんな罪を犯しても、やり直しはきく。しかしそれは、ゲームの中だけのお話かもしれない。
(了)