第53回「小説でもどうぞ」佳作 罪の芽 なりはらもな


第53回結果発表
課 題
罪
※応募数466編
なりはらもな
私はある目的を持ってここに来ている。冷たく乾いた長年の眠りから目覚めるために、来ている。
同窓会。案内状にある幹事名に「堀部和人」を見たとき、天が私に与えた機会だと思った。
私はこれまで、芽の出ない人生を送ってきた。中学で入った卓球部ではトーナメント運の悪さに引退まで一勝もできず、高校受験は緊張のあまり腹痛を起こし惨憺たる結果で、滑り止めで入った高校は肌に合わず、なんとなく入った三流大学では孤立し、何十社と落ちた末ようやく内定した零細企業は時代錯誤で、かといってほかに行く当てなく、今日に至る。
こうなった発端は小学五年生に遡る。
インゲン豆の発芽実験。ランドセルロッカーの上に並ぶ名前入りのプラスチック容器たち。湿らせた脱脂綿の上に横たわる楕円形の種。
生徒一人が蒔いた種の数は三粒。三日目、一粒三粒と数の差はあれ、大半のクラスメイトの種から小さな芽が顔を出した。ところが、私のと、私の隣に置かれた堀部の種は、三粒とも死んだように眠ったままだった。
堀部は、足が遅く、勉強ができず、忘れ物が多く、先生に注意されてばかりいた。私はといえばこれといった特技もない地味な生徒であったが、クラスの立ち位置において、堀部よりは上という自負があった。だから発芽実験で堀部と並ぶのは、正直、屈辱だった。
しかし翌朝登校すると、堀部の種の一つが発芽していた。堀部は薄ら笑いを浮かべていた。私の種は、三つとも変化がなかった。担任が、明日まで待って発芽しなかったら、誰かのを分けてもらいましょうと言った。全身が焦げるようだった。
あとになって知ったことだが、インゲン豆の発芽率は約八割だそうだ。三粒とも発芽しない確率は、高くはないが天文学的な数字でもない。教員が配慮して三粒でなく五粒ずつ配ってくれていたらと思うと、どうにも恨めしい。
ともかく神に祈るような思いで、翌朝、私は誰より早く登校した。しかし種は三つとも生気なく横たわっていた。死んでいると思った。泣きたくなった。ふと隣をみると、堀部の種は残り二つも発芽していた。もはや理不尽な運命に対する憤怒が湧き上がってきた。
私の中の悪魔が囁いた。種をすり替えてしまえ。バレようがない。一粒。いや相手は堀部だ。二粒でもいいだろう。堀部にも一粒は発芽した種が残るのだから。
私はそっと堀部の種を持ち上げた。ところが、目に見えないほど細い脱脂綿の糸が生まれたての芽に絡まり、バランスを崩した。
あっと思ったときには遅かった。容器ごと床に真っ逆さまに落下した。背中に冷たいものが走った。慌てて拾い上げるも、か弱い小さな芽は無残にも三つともポッキリ折れてしまっていた。
私は焦った。どうするか。とりあえず床にこぼれた水を拭かないと。と振り返ると、そこには堀部が幽霊のように立っていた。
堀部はゆっくりと近づき、折れた哀れな新芽たちを見つめたあと、私に視線を移した。堀部の目は、怒りと侮蔑が入り混じって見えた。私は何か言おうとしたが、口の中がカラカラに干からびて声が出なかった。堀部は無言のまま席に着いた。私は結局、謝罪はおろか言い訳ひとつ発することができなかった。
そのあとはよく覚えていない。ただ堀部も私もこの件にはなにも触れないまま、六年に進級し、中学に進学した。
堀部は中学に入って変わった。タケノコの如く背が伸び、夏休みの科学研究でなにやらすごい賞を受賞し、人が変わったように社交的になり、沢山の友人に囲まれていた。陽の光をたっぷり浴びた新緑のように、瑞々しさで溢れていた。
一方私は、燻っていた。なにかの大事な局面で、必ずあの、堀部の目が思い出された。あれが脳裏に浮かぶたび、私は体中の水分が蒸発し、体温が下がり、酸欠になり、発芽に必要な条件のすべてが奪い取られるように感じた。私は極限、堀部と顔を合わせないようにした。そのためには日の当たる場所からもっとも遠ざかるほかなく、地中に悔恨の根を伸ばし続けた。
平等に配布された種が三粒ともハズレという不遇。よく考えれば、まあ起こり得る程度の話で、悲運と呼ぶほどのものでもない。しかしこの月並みな災難がきっかけで起こした業の報いはまだ続いている。もうこんな人生は嫌だ。私は変わる。今日、堀部に謝って、呪縛を断ち切る。
私は堀部を遠目に観察し、機会をうかがった。周囲の話だと堀部は現在、海外の大学で植物を研究しているらしい。同窓会開催日は堀部の帰国時期に合わせたそうだ。だとしたらなおさら、今日を逃したらもう機会はない。
刹那、堀部が一人になった。今しかない。私は意を決し堀部に近づいた。
「久しぶり」
「やあ、久しぶり。中学卒業以来? 変わらないね」
私は堀部と二、三、他愛もない会話を交わしたあと、いよいよ本題にはいった。
「あのさ、小五の時のインゲン豆の発芽実験、覚えてる?」
「ん? あぁ、もちろん。あれはびっくりしたなあ」
あのときはごめん。私がそう言おうとしたとき、堀部が先に口を開いた。
「俺さあ、多分、水やりすぎて腐らせちゃったんだ。お前の種から芽が出てるの見て、悔しくってさ、つい丸ごとすり替えちゃったの。でもまさか気づかれてて、芽を折って報復されるとは思わなかったなあ。びびって声も出なかった。今さらだけど、ほんとにすいませんでした」
このとき、私の決意の芽はポッキリと折れた。
(了)