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第53回「小説でもどうぞ」佳作 思い込み 村木志乃介

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小説
小説でもどうぞ
第53回結果発表
課 題

※応募数466編
思い込み 
村木志乃介

 昨日は夜遅くまでショート動画を漁っていたせいで思いきり寝坊した。改札を抜けると、僕はいつもより遅い通学電車に飛び乗った。
 時間帯がずれたせいか車内はそれほど混んでいない。息を整えながら乗客と乗客の隙間にできた席を見つけ、静かに腰を下ろす。ふと斜め向かいの優先席に座る学生服姿の男と目が合う。これでもかと股を広げ、ふんぞり返るように座っている。
 やばっ。
 僕は瞬時に目をそらす。ドクドクと心臓が警報レベルで鐘を鳴らしている。
 うちの高校の三年の先輩で、超がつくほど狂暴な鬼塚先輩だ。入学したその日のうちに当時の三年生に目をつけられ、呼び出されたものの、返り討ちにして全校を締めたという伝説がある。
 僕は目を鬼塚先輩の隣の席へとスライドさせる。
 隣の席、といってもそこも優先席なんだけど、その席にもやはりうちの高校の制服を着た女子生徒が座っていた。同じく三年生で鬼塚先輩とは対照的におとなしそうな子だ。こちらは超がつくほどかわいいから一年の僕でも知っている。
 こそこそ見ていると、二人はスマートフォンを見せあいながら会話を交わしている。
 なんとなく気になってしまい、ちらちら見てしまう。もちろん鬼塚先輩のほうじゃない。先輩の隣に座っている彼女のほうだ。
 ああ、でもダメだ。見たくもないのに鬼塚先輩が視界に入ってくる。なにせ僕は鬼塚先輩の斜め向かいに座っている。車内は立つほど混んでなく、顔を上げると嫌でも鬼塚先輩が目に入る。しかもどういうわけか鬼塚先輩はスマートフォンを見ながら、ときおり顔を上げ、キョロキョロとあたりに鋭い視線を向けている。そのたび目が合いそうになって僕はあわてて目をそらす。
 目的の駅まであと三つ。次の駅でいったん降りて別の車両に乗り換えたいところだが、この列車は一両編成だから無理。かといって次の電車を待っていたら完全に遅刻してしまう。つまり選択肢はない。
 電車が停まった。駅のホームにはお腹の大きな若い女性と杖をついた老人とその奥さんらしき老婆が立っている。いわゆる優先席に座る権利のある人たちだ。車両には立っている乗客こそいないけれど席は埋まっている。
 乗客は誰も降りなかった。ホームにいた三人は車両に入ると空いた席を探している。が、もちろん空いてない。僕は優先席に座る鬼塚先輩とその隣に座る彼女の足元に目を向ける。
「あぁ?」
 鬼塚先輩が尖った声を出した。上目遣いで見ると、先輩はギロリと目を剥き、立ち上がった。
 ちゃんと優先席を譲るのだろうか。なんてわけないよね。どうするのか。怖いもの見たさもあって僕は先輩を見上げた。その瞬間、目が合った。
 ひぃ。僕は背筋に冷たい戦慄を感じた。
「どうぞ」
 鬼塚先輩は強面のまま、不愛想に席を譲った。その相手とはお腹の大きな女性だった。細身の体で、丸く膨らんだお腹を両手で包み込むようにしている。女性はひとこと礼を言うと席に座った。
 まさかほんとに席を譲るなんて。というか、優先席だから当然のことをしたまでなのに、あんな怖い顔をして席を譲ったら、すごくいいことをしたように思えてしまうから不思議だ。いや待てよ。鬼塚先輩は隣に座った彼女にいいところを見せようと、あえて優先席に座ったんじゃないだろうか。そんな疑念が湧く。
「ここどうぞ」
 今度は鈴を鳴らすような澄んだ声がした。鬼塚先輩の隣に座っていた三年の彼女だ。
 彼女も老婆に向かって手を差し伸べると席を譲った。優先席は二人分しか空いておらず、残りの優先席には座って当然と思われる高齢者が座っていた。
 僕は車内を見渡す。鬼塚先輩とその隣に立つ彼女、それに老婆の連れと思われる杖をついた老人の三人が吊り革につかまっている。
 あと二駅で僕は降りる。老人が向かうのはきっとまだ先にある総合病院だろう。いずれにしてもここで体力を使わせるのは気の毒だ。僕は先輩たちの行いに少なからず感銘を受けていた。同時に罪の意識に苛まれていた。
 僕は見た目で鬼塚先輩を判断していた。狂暴そうな顔に人伝いに聞いた噂を信じ、僕は優先席に悠々と座る先輩を、さも自分が善人であるかのような目で見ていた。
 でも、本当は違った。もしかすると入学したときの噂も、当時の先輩たちに理不尽な言いがかりをつけられ、反発しただけだったのかもしれない。そう考えると僕はいても立ってもいられなかった。立ち上がると勇気を振り絞り、老人に声を掛けた。
「あのう、おじいさん。こちらにどうぞ」
 しかし、老人は耳が遠いのか、僕の声に反応しない。僕はもう一度、言った。
「おじいさん。ここに座ってください」
 今度は聞こえたらしい。老人が振り返った。が、杖をこちらに向け、怒鳴り声を上げた。
「誰がおじいさんだ。わしはそんなヨボヨボじゃない!」
 老人のことをどう呼んでいいかわからずにそう呼んだけど、気に障ったようだ。僕はまたしても見た目で判断していた。
「す、すいません」
 僕は小さな声であやまるとそのまま下を向いた。ふと見ると、僕の革靴のつま先は、いまの僕の心を現わすように泥がついて擦り切れていた。
 目的の駅につき、電車を降りるとまず僕は革靴を丁寧に磨いた。
 傷が目立たなくなったとき、なんだか僕の心もきれいに洗われたような気がした。僕はいままで周りの目を気にして、噂や偏見で人を見ていた。そんな罪作りな生き方はもうやめよう。
 気持ちを新たに僕は学校に向かって駆け出す。きれいに磨いた革靴が心地よく地面を蹴るのがわかった。
(了)