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第53回「小説でもどうぞ」選外佳作 明かす罪と秘めた未罪 萬代あや

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小説
小説でもどうぞ
第53回結果発表
課 題

※応募数466編
選外佳作 

明かす罪と秘めた未罪 
萬代あや

「会いたい」だの「好きだよ」だの陳腐なセリフを並べたて、相手が満足したことを確認して通話を終わらせた。面倒に感じることもあるが、このストレートな感情のぶつけ合いが楽しいのだ。にんまりしながらひざに乗せたまま冷めてしまった牛丼を再開させると、右横から殺気を帯びたなんともいえぬ視線を感じた。
「道隆……おまえ誰と電話してたんだよ……」
 正午を三十分ほど過ぎた、平日の公園。春の日差しは容赦なく降り注ぎ、座っていると日陰のベンチであってもじんわりと汗をかくほどだった。社に戻ったらデオドラントシートを使わないと。そんなことを呑気に考えた俺に、誠は、
「今の電話誰なんだよ? まさか沙希さんじゃないだろ?」
 とまくし立てる。
 俺よりひと回り大柄な誠の発するひとことひとことは熱を帯び、彼の左手に持ったやきそばパンがつぶれてしまうのではないかと心配してしまう。箸を動かす手を止めないまま、スマホをいじりながら答えた。
「半年前くらいに居酒屋でたまたま知り合ったエステティシャン」
「そうじゃなくて! それっ……不倫だろ? 沙希さんは知らないんだろ? とわ君はどうするんだよ!」
 麦茶で喉を潤しながら、きっとこいつはとわ(翔和)の漢字も完璧に覚えてるんだろうなと思う。
「どうもしないよ。沙希に不満はないし翔和もいるから別れる気はないし、このままだよ。ついでに言うとまひろともとりあえず現状維持かな。あ、まひろって今の電話の相手だけど」
「だってその、今の電話の、まひろ?さん? お前と一緒になりたがってんじゃないのかよ。泥沼じゃん」
「いやそれがまひろは今のままがいいって言うんだよ。離婚なんて絶対だめだって。自分に俺以上の男ができたらこの関係は終わりって宣告されてる」

 誠は今度こそ唖然とした。
「今どきの子ってさっぱりしてんのなー。だからこっちも付き合いやすいわけよ。会うのも月一か多くて月二だし、夜や週末は絶対電話してこないしわがままも言わないし」
 話すうちにまひろのくびれた腰や、甘えたようなたれ目を思い出して急に愛しさを覚える。
「だからってそんなの……」
「つーか早く食えよ。昼時間終わるぞ」
 そう声をかけると、思い出したようにほぼまるまる残っていたパンに食らいついた。その食べ方はほぼやけ食いだ。

 やっぱりな。
 誠のムキになる様子に俺は確信を得て、昼飯を終わらせた。

 俺と誠は新卒で同じ会社に同期入社し、同じ第二営業部に配属された。それからもう十三年。もちろん変わらず業績を競うライバルではあったが、苦楽をともに乗り越えて絆は年々深まり、間違いなく戦友といえる存在だ。
 その間に俺は結婚しひとり息子も授かったが、誠の生活は驚くほど変わらなかった。独り身でアパートも変わらないまま。彼女どころか、気になっている人がいる程度の話も聞いたことがない。恋人の存在をうまく隠しているのならそれでもいいと思っていたのだが。

 家族同伴が認められている毎年の会社のバーベキューで、他の社員のこどもたちに囲まれ面倒見よく相手をしながらも、誠が沙希にちらちらと時折視線を送っているのには気づいていた。沙希に声をかけようと目をやると、なぜか誠と目が合う。そして誠ははっとしたように視線をそらす。そんなことを繰り返せばいくら鈍感な俺でも誠の沙希への特別な感情に気づく。
 ふたりで会社の愚痴をつまみに居酒屋で深酒をあおり、そのあとになかば無理やり自宅に誘った日も、誠は満足に沙希の顔を見られていないようだった。結局、その日は三十分もしないうちに帰っていってしまった。顔が真っ赤だったのは酔いのせいだけではないだろう。

 確信を得るためにわざとまひろとの甘ったるい会話を聞かせたが、いつも営業成績では一歩およばない誠への悔しさから、女関係というくだらない面でマウントをとったことは否めない。そんな自分の小ささには気づかないふりをしていた。

 予想外のことに俺は明らかに動揺していた。まさか対象者が増えるとは。
 沙希さんは道隆が思っている以上に賢く、聡明だ。脇も詰めも甘い道隆のことだ、いずれ愛人の存在はバレてしまうだろうし、もしかしたらすでに怪しんでいるくらいの状況にはなっているかもしれない。
 そもそも道隆は自分が思っているほど器用ではないのだ。世でいうイケメンでもなく、どこかお調子者で、仕事でもよく小さなミスを繰り返しては事務方の女性社員の反感を買っている。

 でもそんなバカかわいい道隆が、俺は好きなのだ。入社したときからずっと、恋愛対象として。

 沙希さんは話していてしっかりした女性だと思うし、翔和くんの良き母だと確信している。道隆の嫁でなければ仲良くなれたかもしれない。しかし、道隆のそばにいる以上、妻だろうが愛人だろうが邪魔なだけだ。
 沙希さんを始末した後、道隆とふたりで翔和くんを育てる計画だったのに――。

 これからもうひとり分の処理を考えなければいけないのか。
 俺は深いため息をついた。
(了)