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第53回「小説でもどうぞ」選外佳作 笑顔の裏で 十六夜博士

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小説
小説でもどうぞ
第53回結果発表
課 題

※応募数466編
選外佳作 

笑顔の裏で 
十六夜博士

 大学院の同期であるササキくんから連絡があった。会いたいと言う。ゲーム好きな共通点もあり、同じ研究室に所属するタイミングで、ササキくんとは仲良くなった。そんなササキくんは間違いなく天才だ。IT、AIに精通していて、すでに通訳アプリ、位置情報を利用したゲームなんかをヒットさせていた。博士課程に進む道も充分あるけど、きっと起業するのだろう。天才にもかかわらず、それを鼻にかけることもなく、明るく人懐こい性格が大好きだった。
 指定されたカフェに入ると、ササキくんは席に座って、通りを眺めていた。
「待った? ごめん」
 待ち合わせに五分ぐらい遅れていた。僕の声に気づいたササキくんは、「いや、僕も今来たとこ」と振り向きざまに笑った。カフェラテが八割ぐらいに減っていたから、少し待っていたはず。ササキくんらしい気遣いだ。
「呼び出したりしてごめん」
「いや、でも研究室以外で会おうなんて珍しい」
「うん、プライベートな話をしたかったから」
 そう言えば、ササキくんとプライベートな深い話はあまりしたことがない。実家が横浜市だと言うことぐらいしか知らなかった。
「なんか買って来なよ」とササキくんに促され、自分もカフェラテを買いに行く。戻って来たタイミングで、ササキくんが言った。
「就活どう?」
「〇〇から内定もらった」
 大手コンサルの名前を明かした。
「第一志望?」
 うん、と頷いた。
「そうか……」と、ササキくんはしばらく通りを眺めた。いつものササキくんなら、『おめでとう』と言うような気がしたのに、何か物憂げなのが気になった。起業すると思っているので、そんなことはあり得ないと思うのだが、どこか行きたい企業の就活に失敗でもしたのだろうか。不用意に聞くのが憚られ、僕はしばらくカフェラテを啜った。
「昨今のさ、SNSを中心とした誹謗中傷、虚偽や偏見に基づく他人への攻撃、どう思う?」
 通りを眺めながら、ササキくんが大きく話題を変えた。
 ちょっと重めの話題変更に言葉がすぐに出てこない。目を瞬かせている僕に、ササキくんは笑いかけた。
「情報系の研究をしている僕らから見たら、とても残念なことだと思わないかい? 本来はもっとポジティブに使えるものを、リテラシーのなさから、悪意の増幅装置として使う奴らが、僕は許せない」
 ササキくんの目付きが変わった。見たことのない鋭くて、そして暗い目付き。
「だから、こういうものを作ったんだ」
 ササキくんがタブレット端末を取り出し、プログラムを走らせた。
 そのプログラムは、不適切な発信をする人物を特定し、その人物の情報機器にウイルスを仕込み、不適切な行為のログを詳らかに記録するものだった。相当なハッキング技術がないとできない代物ということは、情報系の研究をしている僕にはすぐわかった。そして、ササキくんなら出来るということも。
「すごい……」
 行為の不適切さを感じる前に、ササキくんの実力に感嘆してしまった。
「だろ。例えば、この有名人、実は裏アカでこんな誹謗中傷をやってるんだ」
 ササキくんの集めたログは、驚くべきものばかりだった。一般人の不適切行為は言うに及ばず、高名な政治家、起業家にも様々なスキャンダルがあった。
「これを公開したら、どうなると思う?」
 ニヤリと笑うササキくんは、もういつものササキくんではなかった。
「国が大騒ぎになる……」
「そう。だから、警告を送ってみたら、あちこちから口止め料が振り込まれて来た」
 ササキくんが見せてくれたスマホアプリの銀行口座にはとんでもない額の金額が表示されていた。
「これ……、恐喝じゃないの?」
 背筋が寒くなる。
「いや、警告しただけなのに向こうが渡したいと言うんだ。だから受け取っている。なので、恐喝ではないさ。このお金は、誹謗中傷の被害者の方を支援するのに使っているしね」
「でも、誰かが訴えたら……、やっぱり捕まるよ」
 ササキくんが心配になった。
「僕が捕まれば、この情報は全て拡散される。それを恐れて訴えることなどしない。政治家、芸能人なんかは、社会的に殺されたも同然になるからね」
「殺された……」
 嫌な言葉を呟いてしまった。
「そう。ちなみに、SNSを使って、僕らは笑いながら誰かをもう殺しているかも知れないんだよ。不用意なコメント、情報拡散が、ある人物を追い詰めて自殺させたりしてる。そして、それにすら気付いていない。僕はそういう人物を含めて、警鐘を鳴らしているんだ。それを罪と言うのかい?」
 表向きの笑顔の裏で、みな人を殺している……。
 胸が締め付けられるように苦しくなった。もう何も言えない。その通りだ。僕らは技術を乗りこなせていない。そして、回り回って誰かを傷つけ、きっと殺してる――。
「手が足りないんだ。一緒に世直しをしないかい? ヤマグチくんとなら一緒に出来ると思うんだ」
 ササキくんの顔がいつものようになっていた。まるで、僕を温泉旅行に誘うように優しい顔に。
「じゃあ、考えといて」
 ササキくんは笑顔で立ち上がった。
「僕がササキくんの活動をチクると思わないの?」
 僕を残して歩き始めたササキくんの背中に問いかけた。ササキくんは足を止め、振り向くと言った。
「僕の姉さんは誹謗中傷が原因で自殺した。そして、ヤマグチくんのお姉さんもね。僕のアプリが炙り出したよ。だから、ヤマグチくんは僕の味方になる」
 悲しみを湛えたようにも見えるその笑顔は、罪人のものではない。それだけは確信した。
(了)