第53回「小説でもどうぞ」選外佳作 たいしたことない罪 落合トメ


第53回結果発表
課 題
罪
※応募数466編
選外佳作
たいしたことない罪 落合トメ
たいしたことない罪 落合トメ
彼と最後にメールしてから十二日たった。メールしたての頃は、たくさん返事くれたのに。あれだな、あの日、私が彼の趣味について送ったメールがいやだったんだろうな。彼の趣味の世界で、オリンピックに出ちゃうような人をめちゃめちゃ褒めた。そしたら返事が来なくなった。それも私、彼の趣味の世界で活躍してる人のことを、彼がどうやって褒めるのか知りたくて送っちゃった。男の人って、自分が褒められたい、すごいって言われたい生き物だったんだった。もしもチャンスが訪れるなら、私は彼だけを褒めよう。
私がはじめて彼と話したのは、昨年末だった。同じ職場で、休憩時間に歩いてると、ふと目にとまる人がいた。ラッパーのR指定みたいに髪が長いとこ、ヒゲ伸ばしてるとこ、お昼にはペヤング食べてる頻度が高いとこ、手に指輪つけてるチャラチャラしたとこが気になって、私からメールアドレスを渡したのが最初。その日の夕方にはメールで返事がきて、何度かやりとりをした。私は既婚者で、高1と小2の子どもが二人いて、趣味はマンガと映画で、日々の忙しさで気持ちがすりへっていて、人とイチから会話したくなって、メアドを渡したことを伝えた。私たちは、半ば強引にメル友になったのである。
彼は、メールで質問はしてくれたけど、自分のことは教えてくれなかった。趣味を当てるね、っていくつか予想した私の質問にも、全部はずれてます笑って返されただけ。わかったのは名前と、住んでる町と、メールアドレスに入ってる誕生日だけだった。何年生まれかはわからない。
のがいひろふみ。それが彼の名前。メールのやりとりの数日後、職場の駐車場で彼が前を歩いてた。
「のがいさん!」
趣味について答え合わせしたくて、話しかける。
「あ、おつかれさまです」
「さては釣りでしょ、趣味」
「あー、昔バス釣りは少しやりましたね」
前髪を気にしながら、答える彼。
「へえ。じゃー今の趣味は?」
「……スケボーっすね」
「へえ! いいねえ」
会話が少し跳ねた気がして、その日の夜、スケボーの堀米くんをむちゃ褒めたメールを送った。そしたらとんと返事が来なくなった。それと並行して、なぜか彼は、職場にも来なくなってしまった。派遣さんは来たり来なかったりのシフトだから、不自然なことじゃないんだけど、なにかが不自然だった。
「今なにしてますか」
最後にメールしてから二週間経ったころ、彼からメールが来た。
「のがいさん久しぶり! いまジムきたとこだよ、お昼食べすぎたから」
「ジムいいっすね、てか最近メンタルやばくて日に日にやつれていきます」
「どした!?」
そこから一時間経っても二時間経ってものがいさんから返事はこなかった。彼が弱っている、もう一度私から、ハードル低めな雰囲気でメールしてみる。
「変にアドバイスせんから何でもゆうてみて。誰にも言わないよ」
「来月から職場変えるんですけど、そこの給料日まで支払いに首がまわんなくてやばいっす」
「何の支払い?」
「クレカとか税金っすね」
「親とか友だちには相談した?」
「親にはさすがに言えないっす」
彼は、私になんとかしてもらいたがっている。でも、お金か。二日考えて、私からメールを送ることにした。
「のがいさん、私としませんか?」
返事は来ないし、読んだかどうかわからないまま一時間。
再度私からメールする。
「私としてくれたら、私がお金をお支払いします」
待ってましたとばかりに、すぐ返事がきた。
「いくらですか?」
「それは会ってお話したいな」
「わかりました」
「ちなみにいくら必要なの?」
「四十万くらいあれば最高なんですけどね」
「わかった」
私と夫は普通に仲良し、子どもも元気、家族でたくさん会話する、だけどそれは母として、妻として。いつのまにか日々の役割をこなすことに必死で、女としての私は瀕死状態だった。母や妻の役をまっとうすることは、不可欠な仕事。女として必要とされることは、人間として生きるための糧。夫とはレスじゃない。
でも夫とのセックスに会話は必要ない、かけひきもいらない。彼を不機嫌にしないための演技がいるだけ。嘘ついて日常が円滑にすすむならOKだった。家族が平和ならそれでぜんぜん良かった。あの頃の母みたいになりたくなかった。私が五歳のときに離婚した母と父。バカ正直に生きた結果がそれだとしたら、私は嘘をついて生きていく。今から壮大な冒険に出かけること、何の迷いもなかった。
(了)